私は猫。
そして、最近付けられた名は生良(キラ)だ。
今日は世話になったやつに挨拶に行ってみようと思う。
正確に言えば、会いに行くのは数少ない友人の、世話になっている者で、目的はただの気まぐれなのだが。
私は、一度あくびをしてから、とんだ。
最近、子供たちが構ってくれなくなってきおった。
いや、以前からあまり構うようなことはできなかったのだが。
この頃は特に、なんと言おうか、そっけない気がするのだ。
ほら、今の任務の報告を受けているときでも。
「これが報告書、じいちゃん」
「今日の俺の分も終わりました」
「ふむ、ご苦労。して――」
「じゃ、俺ら帰るからー」
「失礼します」
さっさとワシの話も聞かずに窓から出て行く二人を見送って思わず遠い目をしてため息を吐いてしまった。
・・・寂しいのぅ。
里一の権力者もこうなればただの孫馬鹿である。
『失礼するぞ』
音なき声。声なき意思疎通。気配のかけらすら気づけなかった。
というよりも、そこにあるのが当然というような錯覚を受けて注意を払えなかった。
子供二人が出て行った同じ窓から入ってきたのは予想よりもずっと小さな黒い塊。
驚きながらもこれはこれは、と平静を取り戻す時間を稼ぐ。
『はじめまして、とでも言うのかな。
私はしがない一匹の猫。生良という。もう知っているかもしれないが』
「ワシはこの里を治めている三代目火影、猿飛と申します。
いつも子供たちが世話になっていると、礼を言います」
生良殿は目を細めた。
二つに分かれた尾がゆらりと揺れる。
そしてワシの机の上に飛び移って真正面に向かい合うように、前足を立てて座った。
オッドアイと、その尾がなければどこにでもいそうな子猫。
しかし、その実態は神だという。
『私は自分で言うのもなんだが気まぐれでな。
今回はあなたと話でもしようと思い立って来たのだよ』
「左様ですか」
ほら、土産もあるぞと言っていつの間にか机の上に乗っていたのはあの森でしか手に入らないであろう種の薬草と実。
薬としても、栽培にも使える利用価値の高いものだとすぐにわかった。
来る直前に採ってきたのか、根に土が残っている。
「ありがとうございます。
ところで生良殿は茶菓子なんていかがですかな?」
大人気のお店から限定モノの菓子がたしか棚に隠してあったハズ。
そう思いながら、ワシは腰を上げた。
里で一番の権力者は、穏やかで優しい老人だった。
このような人に育てられている二人はとても幸せなんだろう。
どんな過去を背負っていたとしても。
そして私は茶飲み仲間というものを手に入れた。
私は猫。名は生良。
自分で言うのもなんだが気まぐれな猫だ。
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私は猫。名は生良(キラ)。
私は今日、里のほうへ出かけてみることにした。
いつののごとく、動機は気まぐれだ。
そして、私にしては珍しく、里の入り口から歩いて散歩に出ることにする。
いつもは里の中心あたりにとんでいたからな。
たまには運動を多くしてもいいだろう。
酒の酷いニオイ。煩わしい息の音。汚らしい言葉。
見えるのは醜く歪んだ大人たちの表情。
空を見る。
今日のそらはまぁまぁまずまずの晴れ、というところか。
一番空に対する印象が少なそうな、どうでもいいことだけど。
別に、暴力を振るわれているわけじゃない。
ただからまれて、暴言を飽きることなく浴びせられているだけで、何もされていない。
少なくとも、今は。
一人の子供相手に、しかも女に三人がかりでからんでくる大人はおかしいとかみっともないとか思うけど、ただそれだけ。
口にしてしまえば、手を出されるかもどうかもわからないから。
いくら忍者になったからと言っても、しょせんはまだ十年ちょっとしか年をとっていない子供なのだから。
現実逃避。
そう、この思考は全てこの現実から逃げるための思考。
暴言から心を守るための防御反応。
逃げて何が悪い。避けられる不必要なものは避けるほうがいいに決まってる。
『よってたかって、まったく、、しょうがない奴らだな』
脳に直接響く声。
人間の言葉ではなく、ほかの言語ですらない思考。
それは、どこか抽象的なイメージにちかい気がした。
テレパシーってこんな感じなのかしら、と思い、目だけであたりの様子を見る。
大人たちはそれに気づいていないみたいだった。
私は何気なく、大人たちを避けるような自然な動作を心がけて背後を探る。
いた。
そこにいたのは、ただの子猫。
オッドアイ、二つの尻尾をゆらゆらと遊ばせて、しかし尻尾意外のパーツはまるで置物のように動かない。
体部分と尻尾部分がまるで別のもので重なっているだけなんじゃないか、とも見える。
アニメの背景と、登場人物みたいに。
その猫は、私と目が合ったと思うとふわりととんで、気づいたときには私の足元にいた。
「―――??」
「???」
「・・・・・・?」
「え?」
急に様子の変わった大人たち。
焦点の定まらない目で私を見て、あたりを見回したかと思うと何かを話しながら私の前から去っていった。
あんなにどいてって言っても絡んできたのに、どうして?
「何が起きたの?」
『ただ一時的に空間を切り離しただけさ。
私たちからはあいつらが見えても、あいつらは私たちのことは見えない』
返事を期待してはいなかった。
だから返事が返ってきたときには本気で驚いた。
もしかして、この猫?喋った?
ま、まぁ、口寄せの獣とか訓練された動物とかは人語を操るものもいるけども、この子は里にいる普通の猫だと思っていたから。
忍猫、なのかしら。
『何か聞きたそうだな。
もう少し待って、この空間が元に戻ったらどこかで落ち着いて話でもしてみるか?』
そのお誘いに、今後の予定は特に入ってないよね、と一瞬考えて私は頷いた。
「私はテンテン。あなたのお名前は?」
『私の名は生良。名も無き森からの散歩の途中さ』
「え?里の猫じゃなかったの?」
今日は、また子供の知り合いを増やしてみた。
公園の日当たりのいい場所で彼女の膝の上で丸くなりながらいろんな話をする。
彼女も忍びらしい。
今度会ったときには、もう片方の子たちに会わせてみようか。
それも、おもしろいかもしれない。
私は猫。名は生良。
ちょっと話をするのが好きな、普通の猫だ。
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私は猫。名は生良(キラ)。
さて、今日はどこへ行こうか。
私はまずどこへ行って何をするのかを考えるこの時がとても楽しい。
何も縛られていないと、勘違いでも思えるこの時が、私にとても大きな満足感を与えてくれる。
まぁ、本当に完全な自由は、望まないが。つらつらと風に耳を傾けていれば森が侵入者の存在を教えてくれた。
さて、今日は向こうから事が起きてくれたな。
いつもとは少し違う展開に、私は目を細めて、とんだ。
侵入、というのもおかしいかもしれないが、入り込んだのはある森の中だ。
目的はこの森自体に関する調査。
上から命じられたわけではないが、俺はたまたま見つけた不可解なこの森にただ純粋に興味を持っていた。
自分でも珍しいと思う。
無理矢理時間を作ってこの森に着いたのは数分前。
軽く見回してみるだけでもよく種類のわからない植物や動物がいるのはわかる。
というか、知っている種類のもののほうが少ない。
しかも、知っているのでさえも、もう絶滅したものと言われるものばかりだ。
周りを観察しながらも奥と思われる方向へと進んでいくと、日の差し込む光が幻想的な光景を見つけ、立ち止まった。
この景色に引き止められてしまった。
『素晴らしいだろう』
気配も何も感じない。音の振動すら感じられないのに確かに聞こえた声に不思議な気分になる。
空気の振動を使わず、人語でもなく、伝えたい内容だけを、相手、俺に渡す。
言葉といいうものが、本当に意味を伝えるための道具だということが、なんとなく実感できるような。
自分でもわけのわからないことを考えた。
その思考を振り払い、相手の姿を探す。
そのことに気が付いたのか、相手はまた俺に伝えた。
『して、何用だ?」
相手の姿はどこにも確認できない。
今この時でさえ、気配すら感じ取れない。
別に害意があってこの森に入ったわけではない、なるべく落ち着いて俺は答えた。
「ただこの森の探索に来ただけだが」
意外にあっさり答えられたのは相手に殺気や敵意を感じなかったからだろう。
姿のまだ見えぬ相手は続けて名は?と聞いてきた。
本名を名乗るかどうかは迷ったが嘘をついても意味が無さそうな気がする。
「俺はうちはイタチ」
『そうか、では私もそちらに向かうとしよう・・・。
少し待っていてくれ』
くにゃりと景色が歪む。
いや、歪んだのは空間だ。
そして歪みからトンネルを抜けるようにして現れたのは一匹の動物だった。
・・・・・・猫。
・・・猫だ。
どこからどう見ても猫だ。
確かに少しばかり普通の猫とは違うところがあるかもしれないが、間違いなくどうしようもなく猫だ。
『私の姿を見てそこまで考え込まなくてもいいと思うが?』
笑い混じりにかけられたそれに、俺ははっとして思考の渦から抜け出した。
あまりに予想外だったので少しばかり混乱していたらしい。
「すまない」
『別にあやまることのほどでもないがな』
森の案内役でもしようか?と楽しそうに言われ、俺は反射的に頷いてしまった。
そのあとでその選択は正しかったと思うことになるのだが。
今日は森に珍しい客が来た。
害は無さそうだったので気まぐれに森の中を散歩しながら話を聞いた。
話の内容よりも話している彼の様子を見ていることのほうが面白かったと思ったのは彼には内緒だ。
私は猫。名は生良。
移動に空間を捻じ曲げるめんどくさがりな猫だ。