私は猫、名は生良。
最近は寒かったり暑かったりで、天気が安定しない日々が続くので、少しばかり寝床を変えてみた。
いろいろと寝心地を試した結果、まぁ手間取ったり思わぬ事態があったりしたが、お気に入りの場所を見つけたので私は上機嫌だ。
今日も今日とて、そのお気に入りの場所で居眠りするために、とんだ。



今日はよく冷える。 昨日はとても暖かかったのに。
気温が安定しないのには困ったもんだ、と思いながらかじかんだ手先をこすり合わせて熱をとろうとする。
いつもの仕事着に着替え、腕まくりをし、今日も一日やるぞ、と精神集中をして、のれんをわけた。

頭の中で段取りを確認しつつ、使う道具を並べ、自分の身長の半分もあろう鍋に特産の水を入れ火にかけ・・・と、もくもくと動く。

いつもの朝だ。 何も変わらない、そして、だが、この味をなんとか進化させようと変化させている日々の始まり。

まだ外は薄暗い。 人通りも無いに等しい。
こんな時間なのだから当たり前のことだが。
自分には気付けないだけで、忍者たちが仕事帰りをしているかもしれないが、少なくとも気配の読めない自分にはわからなかった。


「・・・? なんだぁ?」


水が沸騰する音に混じって、何かが聞こえたような気がした。
周りを見渡してみても、いつもどおりの店内だ。


「・・・・・・」


きっと、忍者が間違って音を立ててしまったのだろう。 誰にでも失敗はあるし。
そう思って、鍋の中に材料を放り込む。

――また、音。

音、というよりは・・・気配というべきなのだろうか。
自分にはそんな忍者的な特技は無かったはずなのだが。

作業を中断し、音の正体を探す。

時間帯的にまわりは静かで、音がどこから聞こえてくるか探すのはそれほど難しくなかった。
もし昼間だったら音自体、気付けなかったと思う。 そのくらい小さな音。
手をかけたのは、サイズの小さな鍋を収納してある棚だった。
めったに開かない棚をゆっくりと開ける。

中を見て、思わず今まで緊張気味だった自分の頬がほころんだのがわかった。

音の正体は、いつの間にか入り込んだ子猫の寝息だったのだ。

丸い土鍋にすっぽりとはまり、くーくーと眠っている姿は、とてもかわいらしかった。
店主――テウチ――は、一度その場を離れ、使い捨てカメラを手に持って戻ってくると一度だけシャッターを切り、あとはなにもせずに棚の扉を閉め、作業に戻った。
カメラで撮ったのは娘にこのほほえましい光景を見せてやりたかったから。 今の彼はこの写真がある種のブームの火付けになるとはこれっぽっちも思わなかった。

そして、その写真のおかげで一楽の売り上げがすこしばかり上がったのは、余談。




店主の行為により、私はいつでもあの寝床を借りられるようになった。 あれは私専用のものになったらしい。
礼を言うと、とんでもないといわれ、あと、時にでいいから写真を撮らせてほしいと店主の娘に頼まれた。
それくらいで、あの居心地の良い寝床が手に入るのなら安いものだ。

私は猫、名は生良。

モデルとなり、身なりにも気を使うようになった、ちょっぴりおしゃれな猫だ。






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外から白い気配を感じ、寝床から顔を出したら珍しく雪が降っていた。
そういえばずいぶんと冷え込んでいたということに今更に気付き、高い高い樹木を登る。
上から見た景色は素晴らしいもので、この良い気分を独り占めしたいという気持ちと、誰かと分かち合いたいという矛盾した気分になった。
耳を澄まし、笑って、とんだ。




基本的に温暖な気候の木の葉では雪が降ることは珍しい。 それもこんなにつもりそうなほど降るのは何年ぶり、いや、十何年ぶりか。
しかし、こんな時こそアカデミーの子供たちは忍びとしての訓練に集中しなければならない、ならないのだが、おそらく生まれて初めて見るであろう雪に教室内は騒がしかった。


「先生ーー!! 外で雪合戦やろーぜ!!」
「私かまくら作りたい!!」
「誰が一番でかい雪だるまつくるか競争だ!!」


子供たちは窓にへばりついて離れない。
・・・むむ、しかたない。 少しばかり授業は遅れるが、せっかくの雪だ。
観念した俺のため息に、教室中が歓声を上げた。
予想していた以上の反応に、一瞬呆れるがすぐにそれ以上の声を張り上げて自分に注目させる。


「ただし!!」


ぴたり、とざわめきがおさまる。
自分が教師をしているんだと実感できるひとつの瞬間だ。


「今日は、雪の中での実践に入る!! 各自チームにわかれ、作戦をたてて競い合ってもらう!!」


細かいことはあとで決めることとして、他のクラスもこの際巻き込んでしまおうと考えながら、全員外に出るように指示した。
いくつか反感の声が上がったが、大多数はこの雪の世界に入り込めることで頭がいっぱいらしく、いつもよりも動くのが早かった。


『中々の判断だったな』
「うわっ!?」


反射的に身構えると、いつの間にいたのか、一匹の真っ黒な子猫。


(な、なんだ? と、いうか、今のはこの子猫が?)
『まぁ、そうあわてるな。 私は生良、今日は雪景色の中の子供たちを見て和もうと思ってな』
「は、はぁ」


教室内にはもう誰一人、子供の姿はない。
思いっきりうろたえてしまった俺の姿は、誰にも見られなくてほっとした。
別に見られてもたいした支障はないが、生徒たちにからかいのネタをやらなくてよかった。
調子に乗らせると際限なくふざけてしまうのが多いから、油断できないのだ。

もう一度、すぐそばにある台に乗っている黒い子猫を見やる。
小さい、普通のどこにでもいそうな、とは少し言いにくいが、そこまで異質な存在とは思えない猫だ。


「生良さん、ですか」


なんとなく子猫なのだが、ちゃん付けしにくい空気がした。
見た目だけならとても可愛らしいのに、その美しい毛並みに触れるのもためらわれる。
生良さんは、子供たちへと向けていた視線を俺によこした。
合わせられた色違いの瞳に、ドキリとする。


『イルカと言ったか、お主の教師としての判断力、中々のものだったぞ』
「え、いえ、改めて言われるほどのものではありませんよ」


ほめられた、そのことに対して鼻の傷をかきながら返す。
自分の名前を名乗ってもいないのに、知られていることや、猫自身に対しての疑問は不思議と聞こうとは思わなかった。
猫は目を細める。


『お主、本当にいい教師になるさ』


妙に鼻の傷がかゆかった。





優しさにあふれ、思慮深い人間に出会った。
雪にはしゃぐ子供たちを無理に室内に閉じ込め、机に向かわせるのではなく、雪の降った状況でも対応できるよう実践させることを瞬時に判断した教師だ。
彼はこれからも多くの子供たちを立派な忍に育てあげるだろう。
そして、それはあの国の繁栄にもつながる。

私は猫、名は生良。

明るいであろう彼の国と、美しき雪景色にご満悦な長寿猫だ。







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私は猫、名は生良。
ちょっとばかし寝溜めしとこうと思って、目が覚めたら見たこともない不思議な場所に移動していた。
寝ぼけてとんでしまったか? と思い戻ろうとしたが、そうじゃないということに気付く。
しかたないからもう一度丸まって、眠りを満喫した。




今回の任務はある犯罪集団からの巻物の奪取。
その巻物は今は無い小さな国の秘宝で、特殊な術がかけられているらしく、ついでに巻物の中身を解析してしまおうと言う理由で俺がついた。
盗むのは簡単に終えることが出来た。 のだが、めんどくさいことに火の国に戻る途中、深い森に入ってしまったらしく、道がわからなくなってしまった。

右を見ても左を見ても上空も地下も気味が悪いほどに同じ景色。

ありえない現象に、幻術かと思って解をしてもまわりの景色は変わらない。
見える景色の中には食用の植物や水源があり、餓死の心配はないだろうし、時間をかければここから抜け出すことは出来る自信はある。
この場での命の危険性はまったくと言っていいほど感じないのだが、問題は木の葉に戻ってからだ。

――たまりにたまった自分への仕事が、めんどくさすぎる。

おそらく一日戻るのが遅くなれば、徹夜を二三日しなければならない状況になるだろう。
今回の任務だって、室内に閉じこもりすぎて運動不足をどうにかしなければと、無理矢理にこの任務をもぎ取ったのだ。
まったく、どこの国でもそうなのだが、需要と供給のバランスが取れて無さ過ぎる。

ため息をついて、手の中の巻物の存在を思い出した。
どうせ、木の葉で解析をするのだから、今ここで気分転換をしてもいいだろう。
ちょっと憂鬱になってきたとこだし。
トラップがかかってないかを確認して、中身を開く。


「・・・口寄せ? いや、微妙に違うな」


現れた巻物の中身を一瞬で把握、複雑で黒と白の比率がほぼ同じ中身に慎重な手つきで滑らす。
記憶の中を荒らすが、完全に一致する術式はない。
一部口寄せに似た術式を見つけたが、他の術式に埋もれるようなそれに口の端が上がる。

こういうシロモノを解いていく作業は、自分のもっとも得意とし好きな作業だ。

慣れているようで、初めてなそれらに見落としがないようゆっくりと目を通し、チャクラの流れを目で追っていく。
繰り返し行ったり来たり、飛ばしたりしていくうちに、その巻物の作者にだんだんとエールを送りたい気分になってきた。

術自体の発想は悪くない、ただ、それを実現させるまでの技術が作者には足らなかった。
だが、執念にも近い情熱が、四苦八苦しながらもこの術式の完成に近づけていく。

シカマルには、この術式がなんの目的のために作られたものか、すでにわかっていた。
術者にとっては、口寄せの術となんら効果は変わらない。
それを、こんなにも複雑な術式を必要とさせるのは、呼び出す対象だ。
この術式は、口寄せの対象を相手の許可無く異空間に閉じ込め、術者に完全な服従をさせる。

だがこの術式は未完成だ。
最後の服従を誓わせる暗示の部分の術式があまりにお粗末すぎる。
おそらく、そこまでいかないうちに作者が力尽きてしまったのだろう、とシカマルは予測した。

巻物には最近使用されたあとがある。 何かが中に入っているということだ。
ためらいも迷いもそれほどせずに、俺は封印を外した。

上空がゆがみ、その中からポトリと小さな黒の塊が間抜けに落ちる。



「って、何が出てくるかと思ったら生良かよ」
『おや、シカマルじゃないか、おはよう』


よく寝た、とあくびをする小さな猫に、何がでてくるかと緊張していた力が一気に抜ける。
生良は猫らしく伸びをすると、『そんなにふてくされるもんじゃない』と言葉をかけた。
・・・少なくとも俺に対しての言葉じゃないことは確かだ。

二尾がゆらゆらとゆれる。

その先から何か輝きのようなものが発したのが見えたが、それが何なのかはわからなかった。
だがきっと、それが何なのか気にしても無駄というか無意味な気がする。


『すまんな、もうここを出られるぞ』
「あ、あぁ、サンキュ」
『私のほうこそ助けられた。 たま今度礼をしよう』


くすりと笑って、黒い塊はすぅ、と影にまぎれた。
俺は、白紙になった巻物をしまって、普通の深い森の中の景色に戻った帰り道を駆け、無事木の葉へと戻った。




ぐっすりと眠っていたら、どうやら人の手によって私はとらわれていたらしい。
そこからシカマルによって助け出されてみれば、私の住み着いていた森がすねていて、たまたま迷い込んでしまったらしいシカマルともどもに中に閉じ込めていた。
以前手に入れた綺麗な花粉をやってみれば、コロッと機嫌はなおる。 他の森よりは年を食ったとはいえ、まだまだかわいいやつめ。

私は猫、名は生良。

思い返してみれば大ピンチだったことに気付く、運の良い猫だ。