ギブソン・ミモザから提供された一室。
誰も彼もが寝静まったころ、俺は部屋の窓際でぼんやりと大きな月を見ていた。
音も無く静かに移動し続ける月に時が流れているんだと感じる。
静かな夜の世界、それにはそぐわぬ声がかき乱した。
それは、赤ん坊の泣き声だ。夜鳴きか。
おそらくこれで近くの住民たちが起きるということはないだろう。
高級住宅街だから防音施設もしっかりしているだろうし、それに、そのくらい泣き声は小さい。
よみがえる、記憶。
人気を感じない、暗い暗い部屋の隅。声無く泣く自分の姿。影に隠れ、ただそれが止まるまでじっとしている。
場面転換。
泣きじゃくるのは大切な片割れ。それを抱きしめて密かに唇を噛む。片割れの震えに自分のそれを紛らわせて。
場面転換。
まわりには人がいた。でもいつも自分は一人だったような気がした。自分の存在だけが、妙に浮いているような気がして、どことなく落ち着かない。
場面転換。
手を差し伸べてくれる人はいなかった。いつもいてくれたのは片割れだけだった。それでもそれだけで僕らは満足だった。幸せだった。
場面転換。
自分は笑っていた。どこか違和感があってもそれはそれだけのことで、必要とあれば簡単に笑みを作ることはできた。
場面転換。
世界を憎んでた。片割れをこんなに苦しめる世界をこの上なく嫌悪した。守りきれない自分を呪いもした。その世界でしか生きられないことを、世界の意志をうらんだ。
場面転換。
自分が言葉を発することは極端に少なかった。それでも世界は構わないようだった。必要とされたときに必要とされたことをすれば、それで全てが解決した。
場面転換。
生きていくためにどんなことでもした。盗んだ。だまくらかした。嘘と真実を混ぜ合わせ都合の良い事実を作り出した。それが最大の武器だった。
場面転換。 場面転換。 場面転換。 場面転換。 場面転換。
思い浮かぶそれらを見れば見るほど、似ているようで全く違う過去を生きてきたのだと、違う生なんだなと深く納得する。
考え方も、そこに至るまでの経緯も、動悸も、何もかも。
――それでも今現在、おかしな関係なんだろうけどもこうして一緒に、近い位置にいる。
俺とマグナだけでなく、トリスやネスティ、バルレルやハサハ、様々な仲間たち。
これからも、そんな、まったく違う境遇の仲間たちが増えてゆくのだと思うと、なんだか不思議な感じだ。
それは、対等で、同じで、でも違っていて、近づいて、離れて、求めて、離反して、反発して、色々なことが起こる。
ずっと一緒だったものが、あっけなくバラバラになることもある。
まったく接点のないものが、出会うこともある。
出会いそうで、まったく接点のもてないことも、どうしたって出会ってしまうこともある。
「お兄ちゃん・・・」
「悪い、起こしたか?」
寄り添ってくるのはハサハ。
眠たげな目をこすりながら、タオルケットを引きずって月明かりの元へ移動してきた。
その小さな体を抱き上げ、タオルケットを巻きつけて夜の寒さから守る。
ベッドに戻ると、バルレルもどうやら起きているようだった。
狭いベッドに寝転がって、結局いつもの眠る体勢になる。
まさかこの腕に誰かを抱いて眠るなんてことが起こるとは思わなかった。
ぬくもりを感じて眠るなんて、少しも思ったことも想像もしたことがなかった。できなかった。
腕の中の生物も、違う世界を故郷とするまったく違う過去を持っている。
サプレス、そしてシルターン。
想像もできない彼らの故郷。
「何、考えてたの?」
内緒話をするように耳元に寄せられたささやきの声に、抱き込んでやわらかい髪を梳く。
きめ細かい手触りに急激な眠気を覚え、ゆっくりと吐息で答えた。
「こうして、出会えたことの、縁を」
「またどーでもいーことでも考えてたんだろ?さっさと寝るぞ」
「おやすみ」
「・・・おやすみなさい」
赤ん坊の泣き声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
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えーーーと、とりあえず、こんなんでよろしいでしょうか・・・?
とても素敵なリクエストをいただけたのですが、虚無にはこれが限界と思われ・・・すみません;;
どうもありがとうございました!!!