俺は苛立っていた。

きっと、マグナもこのことを知っていれば、俺以上に怒り狂っていただろう。
俺だから、マグナのことがあるからしてこんなにも憤っていて、他人からしてみれば多少の動揺があるにしても、ここまで心憤るようなことでもない。
だけど、だめだ。許せない。

フリーバトルで、トリスが攻撃にあい、傷を負った。

もちろん、すぐに野党とはぐれの群れを追い払い、トリスにはちゃんと手当てをした。
傷跡を残さずに、完璧な処置もした。
トリス自身も、大して気にしていなかった。

だが、許すことはできない。

トリスのそれは、かすり傷すら万死に価する。
そう、それは、守りきれなかった俺自身にも――。







悲鳴。剣から手に伝わる感触。付随する汚らしい血。視界を侵していく淀んだ空気。
命乞いすらさせず、苦痛を存分に味あわせ、償わせる。
というのは建前だ。
本来の目的は、ただ単に俺の八つ当たり。
トリスを危険な目にあわせてしまった。
もちろん、この物語が無傷ですむほど甘くないということはわかっているつもりだ。
だが、それだけではすまない。俺の気が、マグナの気がすまない。
どんなことからも守ると誓った。
傷一つ付けさせたくなかった。
この制裁は、俺の償いの意味も持っている・・・というよりも、どちらかというとそちらのほうの意味合いが強い。
闇に紛れ、一人、野党の群れを壊滅させる。


トリス、守りきれなくて悪かった・・・、お前を傷つけた奴らは、俺がすべて抹殺するから、だから、許して欲しい。


自然とそんな思考が浮かぶのは、“マグナ”に俺が影響されているからなのだろうか。










手入れしていない、マグナもその必要性を感じないし、俺もまったく気にしないがために荒れまくっている。
それは愛しむためのものでなく、ただ外敵を排除するために。
マグナの手は、その人物像とは裏腹なに、豆だらけで、ガサガサで、ひび割れていて、指が太くある。
たいていの剣を扱う者や、冒険者もそうだが、幼少からその未完成な体のころから不似合いな武器を取っていた手は、それだけで危険な影を纏っているような気がした。

――その手は、多くの破壊をもたらした。

太く硬い指にいくつもの細かい傷、そして、何本かの黒ずんだ線が走っている。
いつだったか、深く傷をつくってしまい、その傷を治さないまま人を斬り、同時に汚染された液体がしみこんでしまい、いくら洗っても、皮膚がどんなに生まれ変わってもその汚れは落ちなくなってしまった。
たぶん、刺青みたいになってしまったんだと思う。
今では害もないし、気にすることもない。
・・・だけど、時々その傷が目に入り、気になって仕方がないことがある。


「お兄ちゃん、いつまで手洗ってるの?」
「――トリス?」


制裁から帰ってきて、手を洗いながら考えごとをしていたら、自分で思っていたよりもずいぶんと長い時間、手を洗っていたらしい。
皮膚が水分を吸い込んで、ずいぶんとやわらかくなって、皺を作っていた。
流しっぱなしだった水を慌てて止めて、備え付けのタオルで手を拭く。
タオルから手を放すと、まだ手は汚れていた。
・・・違う、黒ずんだ傷跡が汚れているように見えただけだ。


「ごめん、またせた」
「うん、じゃあもう寝ようよ。 一緒に寝てもいいよね?」
「また? トリスは甘えん坊だなぁ」
「そんなことないもーん」


擦り寄ってくるトリスに、しょうがないなと苦笑してその髪をなでようとした。
手の傷がまた目に入る。
触れる直前だった手は、まるで誰かにつかまれたように、不自然な位置で止まった。
ぐりぐりと胸元に頭をなすりつけるトリスを猫みたい、と口で言いながら、意識は完全に、その傷のほうに集中していた。

黒い傷。 それは完全な黒ではなく、赤かった血が酸化し、汚染された液体と混ざり合った汚れた黒。
どろり。 感触がする。
手に、固まりかかっている血が、こびりついている。
わずかに動かす度、ぱさぱさと凝固した血が落ちていって、でも少しも俺の手は血まみれのままで、いびつな感触。

それは、俺の血ではない。 そして、マグナの血でもない。
誰のかもわからない、返り血。
そして、幻覚。
このままトリスを撫で回しても、トリスが実際に汚れることはない。
自分だけが、こうして見えているだけなのだと分かっている。

――だけど、あの街にいたころは、こんな風に手を汚していた。

トリスに、触れる。
幻覚の血が、トリスの髪に、肌に、こびりついていくのを申し訳なく思いながら、以外と硬い髪質を感じた。
トリスは、無防備に、俺に身を預けて、昔と同じ表情で、絶対の信頼を寄せて。

――俺が“マグナ”ではなく、“”だと知ったら、どうするのだろうか。

そんなことを疑問に思って、でも考えてもしかたのないことだと放棄して。
トリスは許してくれる。
その表情で、その態度で、その言葉で、そばにいて、この手で触れることを許してくれる。




「もう寝よう、トリス」
「うん、お兄ちゃん」













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リクエスト「011.武器を持つ手」を「憑依召還」にて、です。
なんだかとってもシリアス?というかダーク?な作品になりました。
こんなんでよろしいでしょうか・・・? (かなーり不安)

ALORCさまにささげますッ!!