マグナは珍しく一人で部屋にこもっていた。
時間があいているときにいつも一緒にいるトリスは、ネスティにつれられて蒼の本部へ、旅の経過を報告しに行っている。
本来ならマグナもそれに同行しなければならないのだが、三人で行っても無意味に風当たりを強くしてしまうだけなので遠慮して居残ったのだ。
バルレルとハサハは、とりあえず自由行動を言い渡しているので、それぞれなにをしているのか、マグナは把握していなかった。
「マグナさん? いますか?」
「ん、アメル? どうしたの?」
寝そべっていた体を起こすと、アメルが部屋のドアを開けて顔を覗かせる。
時間をもてあましているように見えるマグナの様子に、少しばかり顔をほころばせてアメルは用件を言った。
一緒にお散歩でも行きませんか、と。
もちろんマグナはそれを拒否する理由がなく、少しも考えるそぶりを見せずに了承した。
商店街の端にあるカフェで、にこやかにお茶会が開かれていた。
メンバーは、マグナ、アメル、ミニス、モーリンである。
――ちなみにそのお店は女性向けの可愛らしく、男性はなかなか近づきがたいはずなのだが、マグナはそれに気付かない様子で、綺麗な菓子類に目を輝かせていた。
ほのぼのと仲良く談笑している彼女らを見ていて、普段は命がけでぎりぎりな毎日を送っているなんて想像もつかないだろう。
「おや、マグナじゃないか、それにみなさんも」
ふとかけられた声に、その場にいる四人が顔を向ける。
そこには、声と同じく穏かな表情をしたラウルがいくつかの荷物を持っていた。
「ラウル師範!! どうしてこんなところに?」
「いや、今日は久しぶりの休日なんじゃよ」
にこにこと笑うラウルの服装は、確かに普段見慣れている蒼の派閥の制服ではなく、少しばかりラフなものだ。
ラウルは良い年のとり方をしている、と誰が思ったか。
「今度ネスティをつれて私の家に遊びに来なさい。 もちろん、みなさんもどうぞ」
「ほんとですか!? ぜひ!!」
それでは、と笑みを崩さずにラウルは人ごみのなかに消えていった。
これから用事でもあるのか、歩む足取りは少しばかり早めだ。
ほぅ、と誰のものかもわからないため息が落ちる。
「ラウルさんって、良い人よね。 結婚していないのかしら」
「年下とかにモテそうだねぇ。 でもネスティを養子にしたんだろ? 奥さんはいるんじゃないかい?」
「あんな人がお父さんなんて、素敵ですねぇ・・・」
女性が集まって雑談をすると、話題はどんどんどんどん移り変わっていく。
話題はラウルから父親へと移った。
「そういえばモーリンのお父さんって修行かなんかで旅に出たんだっけ? どんな人?」
「親父かい?」
そうさねぇ・・・と、一瞬空に目を泳がせたモーリンは、視線を元に戻すと少しばかり据わった目できっぱりと言い切った。
「ろくでもないクソ親父だね。 ラウルさんとは正反対だよ」
ばっさりと切り捨てられたモーリンの父に、周りはそこまで言われる親って・・・、と逆に気になった。
それほどモーリンの据わった目には、危険な光が宿っている。
マグナは乾いた笑いを浮かべてなんとかフォローしようとした。
「修行で旅に出るって・・・、なんだかとっても冒険心あふれるお父さんだったんだ?」
「ありゃあ冒険心とかそういう問題じゃないよ、ただの無鉄砲さ」
きっぱりすっぱりばっさり、モーリンは容赦ない。
「でも、あんな広い道場をしていたのは凄いと思うわ。 生徒さんとかたくさんいたんでしょう?」
ミニスがファナンで世話になったときの道場を思い出しながら言う。
確かにあそこは、かなりの人数を突然押しかけて泊まっても、まったく問題がなかった。
モーリンは苦笑いする。
「まぁね、今ではすっかり廃れてるけど」
一瞬ミニスは悪いことを言ったかと、口をつぐんだが、それをさえぎるようにモーリンは快活に笑った。
器が広い彼女には、そんなことは気分を害する要素にはまったくならない。
「ま、あのクソ親父はろくでもないけどさ、一応は、尊敬も感謝もしてるのさ。 親としてはどうしようもないけど、男としてみてみれば良い男だと思うよ」
少しだけ照れくさそうにそういって、モーリンはふとミニスに目を留めた。
あ、そういえば、とアメルが声を上げる。
「ミニスちゃんのお父さんって見たこともないですよね?」
「そう言われてみればそうだね」
「ほんとだね、あの人のイメージが強烈だったからねぇ」
「え? パパ?」
モーリンの言うあの人、の姿を全員が思い出して、同時に苦笑した。
そしてきっと同時に思っただろう、あの人の強烈なキャラにかかれば、どんな人だって印象が薄くなるに違いない。
「私だってちゃんとお父様はいるわよ? ま、確かにお母様に比べたら影は薄いけど」
「あ、はは」
乾いた笑いを浮かべたマグナは、ファミィの笑顔を思い出していた。
ニコニコと一見邪気のない笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながら猛烈な勢いでマグナには到底理解できない書類を捌いていく女性――。
想像の中の女性が、想像の産物であるはずなのにマグナに向かってにっこりと笑みを向けられているような気がして、慌てて頭を振ってその想像を打ち消そうとした。
「マグナ、あなた何をやっているの?」
「え、いや、なんでもない、なんでもないよ。 それよりもミニスのお父さんってどんなことをしているの?」
「お父様のお仕事? 確か召還術関係の研究をしているの。 滅多に顔をあわせないけど、とてもやさしい人なのよ」
「研究者?」
あまり聞きなれない単語に、モーリンは聞き返す。
アメルも説明を必要とするように、首をかしげた。
「えぇ、召還術を行う上でどのようなプロセスをたどっているかとか、契約の媒体の図鑑とか、四界の様子とか特徴とかの研究。 召還術の教科書とかも出版したことがあるって言ってたわ」
「へぇ・・・なんだかよくわからないけど凄いね」
「うわぁ・・・俺はあの教科書にどれだけ悩まされてるか・・・」
マグナらしい言葉に、全員が笑った。
「じゃあ、あんまり一緒に遊んだりとか、できないんじゃないの? ファミィさんは総帥だし、お父さんは研究とかで忙しそうだし・・・」
「そうね、でもたまに一緒にお昼ねしたり、ご飯食べたり・・・、でもやっぱりばあやと遊んでたりお勉強してたりするほうが多かったわ」
ミニスは総帥の娘なのだ。
つまりは超が付くほどのお嬢様。
世界が違う。
「――さびしかったりはしなかった?」
アメルの言葉にミニスは大きな目を瞬かせて、不思議そうに言った。
「どうして? 私にはそれが当たり前だったし、ちゃんと愛されてるって知ってたもの。 それにシルヴァーナだってばあやだっていたわ」
なんでもないことのように言って、ミニスはカップを口につけた。
心なしか、そのしぐさがいつもよりも上品に見える。
「アメルは?」
「私?」
アメルは自分の顔を指差し、首をかしげた。
ミニスがうなづく。
そして、すぐにはっとして微妙に目を下にそらせた。
レルムの村はもう無いのだ。
「大丈夫よ、ミニスちゃん」
アメルは優しく笑う。 聖女の笑み。
ミニスはその笑みを見て、アメルはあのときことを乗り越えたと感じた。
「私には本当のお父さんはいなかったけど、たくさんたくさん面倒を見てくれた人はいたわ」
指を折りながらその名前と特徴を挙げていく彼女の声は、やはり後になっていくにつれ少しずつ震えた。
全員がその震えに気付かないフリをする。
「村の人たち全員が、私のお父さんだった」
彼女にとって、家族とはそういうものだった。
村全体が、家族だったのだ。
「それが私のお父さん」
しんみりとしてしまったその場の雰囲気。
だけど、それは決して居心地の悪いものじゃなかった。
一緒に嬉しいこと嫌なこと、辛いことなどを乗り越えてきたからこそ、こうやってさらけ出しても不快に思わず、思われない。
信頼感が、深まったと誰かが言葉にならないその思いを感じた。
そして、、まだ何も話していないマグナに、自然と視線が集まる。
マグナは黙々と食べていた最後の歌詞を口に入れて、頭をかく。
「んーー、なんていうか・・・」
マグナには父、もしくはそれに近い存在なんて、まったくこれっぽっちも思いつかない。
父親の概念すら、あいまいにしか分からなかった。
そして、保護者について話せばいいと気付いたのは、口を湿らせるために紅茶を飲んだときだ。
「んー、とにかく、俺のことをよくよく考えてくれてたよ。 よく面倒も見てくれてたし、召還術とかいろんなことを教えてくれたし、よく実験とかしたし。 あ、離れ離れになってたトリスのことも気にしてたなぁ・・・」
「へぇ、いい人に預かってもらったんだね」
「あはは、よく失敗とかすると怒鳴られたよ、すっごい厳しいんだ」
「あ、でもそうゆう人のほうがお父さんって感じがする」
「あたいの親父なんかしょっちゅうケンカして殴り合いとかしてたけどさ」
ちゃかしたモーリンに、全員が声を上げて笑った。
たやすく想像ができることが面白い。
「あ、じゃあよく本部に行くのって」
「うん、来れるときには必ず来いって言われてるから。 約束破ったらやばいんだ」
「大切にされてるじゃないか」
「うん。 それは実感してる」
えー、遅くなってすみませんでした。
お題「015.父」でした。
それぞれ四人の父親、もしくはそれに近いことについて話してもらったのですが、・・・どうだろう。
私にしては珍しい三人称なような気がしますが・・・うーん。
お気に召していただければよいのですが・・・、われながら精一杯なのですが出来は微妙です。
すみませんっ!! 遅れた上でこんなで!!
それでは、ALORCさまへ捧げます!!