――自分にとっては、ほんの少し昔の話ではあるが、ただの人というものにとっては、ずいぶんと昔の思い出、というものになっていたらしい。
なんてことはない。 ただ、自分の操る風に倒れる貧弱な敵に、昔の自分を重ねただけのこと。









一族の中でも恵まれた才を授かった自分は、今自分が思い出すも恥なほどやんちゃであった。
仲間内で力試しをしてしみれば必ず勝ち、頭も切れ、風はこの上なく自分を愛した。
長老たちは自分を未来の族長へと期待していたのは知っていたし、異性から向ける熱い視線も知っている。 なおかつ、それを利用して楽しんでいた。
自分は調子に乗っていた。
そして、ある日に、初めて異界、リィンバウムへ降り立ったときまでは・・・。
そこで出会ったのは、将来自分の主になる人間だと、誰が思っただろうか。
少なくとも、敵対した立場で出会った自分にはこれっぽっちも想像していなかった。


(――子供?)


自分も、一族の仲ではまだ赤ん坊という年しか重ねていないが、目の前の人間、、つまりは倒すべき人間は、明らかにそんな自分よりも幼かった。
まだ親に守られるべき存在を殺すために、自分は召喚された、と理解した次の瞬間には、体が動き出す。


「ッ」


体が勝手に動いている。
自分のものであるはずのモノが、自分以外のものによって操られているという、まったく考えられない事態に自分は軽くパニックになる。
このままではあの幼子を殺してしまう――。
とっさに自分の力を使い、わずかに感じるわけのわからない力にむけて攻撃するも、そこにあるはずのものは、なにもなく。
それどころか、作り出した風の牙は、幼子に向かってそのやわらかな体を切り裂こうとしてしまう。
一度放ってしまった牙は、一直線に幼子に向かう。

一瞬、   諦め が胸を過ぎる。

しかし、幼子はいとも簡単にその危険を脱した。
何をどうやったのか、牙が幼子の目の前で自然消滅してしまったのだ。
幼子が死なずにすんだことに対して、覚えた安心と、不意に浮かび上がる・・・・・・、それは自分にとってありえないはずの、使命感だった。


 ――奴を殺さないとならない。 さもなければ・・・。


再び買ったに動く体を止めようとしながら、湧き上がった自分らしからぬ使命感と、それに続く自分の心の中の声・・・。
おかしい、と思う。 なのに、事態は自分を置いて勝手に進んでいく。
幼子を殺さないと・・・、何だというのだろう。 あんな、幼い子供になにがあるというのだろう。 目が、合う。

 ――まるで、死人のようなそれに、悪寒がした。


「異界のものよ・・・みずからの束縛から解放することを許す」


自分の中にこだました声は、小さく、高く、無感情だった。
その声が、まるで見えない鎖を断ち切ったように、ビキビキと音を立てる。 変化も、始まる。
何かと疑問を持つ間もなく、壊される――。



「――ッッ!?!?」


声も出せない痛み。 反射的に幼子から離れゴロゴロと地を転げまわった。
息がとまる、混乱して、頭がグラグラする。
次に起き上がったとき、自分の体が自分の支配下に戻ったことに気付いた。
風も、自分の思うとおりに動く。


「な・・・なんてことだ!!?」


――断末魔。
とりあえず、自分の後ろにいた男は牙にかけておいた。
ただの人間風情が、自分の体に忌まわしい誓約をかけ都合よく好き勝手していたのが気に入らない。
ぐちゃぐちゃに、気のすむまで喰い殺したあと。
ようやく自分のなかに平静を取り戻し、幼子と向き合う。


「バカだな、お前」


自分を見上げているはずの大きな目は、まるで自分を見下しているように見えた。
その目の中に、ゆるりと冷たい炎が揺れたように見えた。


「自分を召喚した奴を殺したら、元の世界に還れなくなるのに・・・。 もしかしてそんなことすら知らなかったのか」
「・・・ガキ、偽りを言うと身のためにならんぞ」
「嘘ついてどうするんだよ? 召喚されたの、初めてだったんだ」


あまり興味なさそうに手の中のものをいじくっている。
んー、と可愛らしい声で可愛らしくなくうなってまぁいいか、と彼のなかで結論を出したらしい。


「あんた、見た感じ弱そうだし」
「なんだと――!?」


カッとなって本気で風の牙をあびせようとする、が、結果は先ほどと同じ、かき消されただけだった。
ならば、と自分の爪牙で切り裂いてやろうと飛び掛る。
しかし、それも失敗に終わった。
目の前に立ちふさがる鬼によって、自分の攻撃を阻まれた。


「――鬼神!?」


否応なくつきつけられる、圧倒的な実力差は、たったの一回付き合わせただけで。
だが、ここで退くことはできない。
あの子供が言うことが確かならば、自分はもうシルターンには還れないのだ。
故郷へと戻れない失望感が自分を自暴自棄にさせていた。
もしかしたら、自分は、本当は殺されたいと、思っていたのかもしれない。

 自らの牙をむく。 風を巻き起こす。 全てをはじき返される。

 何度も、 何度も、 何度も、 何度も、

鬼神は無表情に向かっている自分を見ている。
かなわない、強すぎる、くやしい、悔しい、屈辱、何故。
簡単に地に転がされ、息を切らしながら、鬼神を、子供を見上げる。
どうして自分は故郷を奪われ、望まない世界へと連れてこられ、こうしてボロボロになっているのか。


「シルターンに還りたかったら、還してやってもいいよ」


子供の声に、体がはねる。


「僕と契約を結べばいいだけ、だよ。 そうすれば君を、シルターンへ還してあげる」
「ッ」
「君が強くなって、いつか僕の役にたってくれればいいよ」


その言葉のあとに続けられた、期待してないけどの言葉に反応する気力さえ残っていなかった。
手の中にあった赤い石を自分へ掲げて、小さな声で何かをブツブツとつぶやく。

 ――我と契約を交わせ  我が名はマグナ
    汝の真なる名を告げよ

 ――自分の名は クロ
    黒き風とともに 舞う空の一族である

体をめぐる、不愉快な力。
顔をしかめれば、マグナはすぐ次へ移る。
憎たらしい小さな口が、動いたのが見えたのは、魔力の光に包まれたとき。
一瞬で切り替わった世界は、慣れ親しんだシルターンの景色だった。










――それからは、くやしくて、しばらくは自分を殺すつもりで、がむしゃらに力を求めた。
おかげで、というべきか、自分の力は一族の中で幼いに関わらず頭にふさわしい力を手に入れる。

 "クロ、出番だ"

その一言でよびだされ、力を撒き散らし、そして戻ってくる。


「おつかれ。 あともう一つ、頼めるか」


昔、初めて出会ったときよりも、はるかに高い位置にある目。
すこし前よりも、少し険しくなった目。


「俺の妹の様子を、少し見ていてくれ」


一つ頷いて、自分は姿を消した。
いつの間にか、彼に対して抱く感情は変わっていた。
どうしてだかわからない。 本当に。
昔だったら、こんな人間の子守など、と怒りを感じているところだ。
だが、彼の話を聞いてしまった、今では・・・。


――足りない。 まだ、たりない。


力が足りない。 もっと強くならなければならない。
彼の、大切な者を密かに守りながら、また強く、そう思う。











と、いうわけで、「27、強く、強く」でした!
主人公も力を求めているイメージが強かったのですが、ちょっとばかり視点を外して召喚獣に焦点をあててみました。
主人公ばかりにいいかっこ見せてやらないぜ! ・・・と思っているかどうかは謎ですが。

それでは多岐さま、大変遅くなって申し訳ありません! リクエストありがとうございました!