金の髪の少年が、新撰組に目をつけられ、なおかつ逃走することに成功したと聞いたとき、なんだか面白そうなことになるかな、と思ったんだ。
詳しいことをさらに聞くと、その少年は黒い着物を着て、武器らしい武器を持たず、追いかけてきた新撰組のやつらと組み手をするでもなく、ただその足だけで十人以上の追ってを振り切ったというのだ。
それに、金色の髪なんて聞いたことがない。

で、私は運良くその少年を見つけることができた。

大通りの立て札の目の前。
人ごみのなかで一人異質な金の髪と漆黒の着物。
隠れる意思などないのだろうか。
自分のことが書かれている立て札の前に平然としている少年を見ると、まるでそんなことを感じさせないので、まるっきり関係のない人間に見える。
立て札を見ていた人ごみも、その少年に気づき、じりじりと距離を置き始めた。
数人が走ってその場を去るところを見ると、じきに新撰組がここに駆けつけてしまうだろう。
少年もそのことに気づいたのか、視線をわずかに揺らし、動こうと、する前に私が声をかけた。


「ねぇ、そこのお兄さん」


振り向かれた視線。
初めて見る瞳の種類に、私というものが硬直する。
髪に差し込んだかんざしが、やけに耳元に近く聞こえた。
私は職業柄、観察眼はかなりいいと自負している。
暗殺者ならそれなりに血に染まった色をしているし、新撰組のやつらは狼、大名あたりは庶民とはいろんな意味で違う価値観の差を見せ付けるし、泥水すする餓鬼は人間という種の獣の目だ。
だが、この少年は・・・。


「用が無いのなら帰らせてもらう」



温度の感じられない、声。
ここまで感情をそぎ落とされた声を、こんな子供が発しているなんて。
少年が胡乱気に俺を見ているのに気づいて、最初に声をかけたときから言葉を続かせていないことに気づいた。
こんなになるまで動揺したのか? こんな子供に?
崩れそうになる表情を抑えるのに、こんなに苦労するなんて、いつ以来だ?


「あぁ、まったまったー。君、そうは言うけど帰る場所なんてあるのー?」


意識して間抜けな声を出す。
じゃないと、この子供の雰囲気に引きずられてしまいそうだ。
だけど、子供はそんな私の作った表情にも気づいたのか、纏っている空気がわずかに硬くなるのを感じた。
・・・もしかして、私の演技に気づいた?
今まで誰も演技だと気づいたものはいないのに。
視線を遠くにした少年は、心ここにあらずで――。
本音を見せない奴は相手にしないと態度で訴えているのだろうか。


「いや、ごめんねー?教えたくないならそれでいいし」
「悪い」
「そう、それで」


一応謝ることはできるんだね、全然誠意というものが感じられないけど。
今の一瞬で、今まで考えていた今後の作戦をちょっとばかし変更することに俺はあっさりと決めた。
やれやれ、十年がかりの大掛かりな作戦だったんだけどねぇー。
でも、俺はきっとこうすることを後悔することは無いって思える。
そろそろ新撰組がここに駆けつけてきてしまうだろうから、手短に済ませよう。わざと当たらせてこの少年の様子を見てもいいけども。
最初この少年を発見したとき、新撰組に突き出して彼らから少しばかりの信用を得ようと思ってたんだけどね。
自分でもちょっと殺気が漏れてしまうのを感じる。
少年の体もすばやく戦闘状態に入ったのを察して、なおさら私は嬉しいような、悲しいような複雑な気分になった。
少年は袖口から出さない手に何かを仕込んでいる。
それをすぐに構えないのは、不意打ちで私の腰にある刀で切りつけても無傷でいられるという自身があるからなのか。
私はすっかり、この少年が気に入ってしまった。


「私と一緒に暮らさないかい?」
「は?」


演技をやめて笑うと、以外にあっけなく少年の無表情は崩れた。
ついでに間抜けな声も、少年の幼さを感じることができた。
くすくすと笑えば、すぐに少年は無表情に戻ってしまったけれど。










「つまり、俺を護衛にしたいと」
「そういうこと。それに君、私の好みだしね〜」


この子供にまでこんなことを言うのも人格を疑われそうだけど、もちろん手は出さない。
将来的にどうなるかはわかんないけどね♪
こんなにあからさまに男色発言をしても何も言わないってことはこの子もそういう・・・被害者なのかもしれないな。
この荒れた世の中。弱いものがあらゆる意味で捕食され強者はのさばるばかりだし。
黙り込むのは私への嫌悪かな。


「俺は、誰かを守るなんてことは、できない」


さっき見た目とは違う。
感情のこもった目。
過去を懐かしむような、自嘲するような、憤るような。
こんな目をする子供を、そのままにしておくほど私はどうやら人間を捨てていなかったみたいだ。
自然と言葉は出た。


「大丈夫、君は私の傍にいてくれればいいだけなんだ」


聞きようによっては、愛の告白に聞こえなくもない台詞。
もちろん、私はだれにもこんなことを言うわけじゃないし、実際今が生まれて初めて口にした言葉だ。
偽りの台詞なら、何度だってしたことはあるけども。
あからさまに某という呼び名を与えて、そんなことでは私についてきてくれないだろうと侍の命である刀を預けようとすると、す、とその手を押しとどめられた。
私は侍ではないし、この刀をなくしても袖にたくさん仕込んでいる武器のほうが私のなかでの価値が高い。
刀を預ける、と言って丸腰の彼に渡そうとしたのだけれども、そんなのは必要ないとばかりに名前も名乗ってくれた。


だ」


か・・・。
ずいぶんと変わった名前だとは思ったけども、なんとなく彼らしいなと思う。
きっと、なんとか衛門とかっていう名前は似合わないだろう、この子は。
自然と刀は私の腰に戻る。
、ともう一度口のなかでつぶやいて、なんて美しい響きだろうと笑った。
そこで、予定されていた邪魔がようやく入った。


「ようやく見つけたぞ!!」
「おやおや、見つかっちゃったね〜☆」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう、某さん」


おや、あからさまな偽名でもさんをつけて呼んでくれるのか、少し意外だ。
でも、私の言葉に反応を返してくれたと思うだけで、なんだか嬉しく思う。


「じゃあくん、最初のお仕事だ」
「はぁ」
「煙幕を利用して私を逃がすこと。もちろんできるよね?」
「煙幕・・・・・・」


確か袖口の中っと・・・あった。
君を見ると少しうつむいて、でも周りを囲み始めている新撰組に動揺することなく思考を働かせてる。
うん、度胸も超一級かな。
導火線に火をつけて、適当に、でも確実に新撰組たちの視界をさえぎる位置に煙幕をほうる。
完全に視界を遮断されるまえに、腕を捕られた。
煙幕で見えないだろうけど、私はにっこりとこの上なく笑っていたと思う。


「よろしく♪」
「っ」


背中に乗りかかる。
今までで一番顕著な反応。

・・・触れられることを、恐怖している・・・?

皮膚感覚に集中してみれば、いたるところに武器を仕込んだ私の重さだけの理由じゃなく、君は震えていた。
新撰組を軽く振り切ってあしらうことのできるのに。
殺気を振りまく連中に回りを囲まれて平然としていたのに。
人を殺す道具を差し出され、それを平然とつき返せる精神力があるのに。
それだけの自制心があるはずなのに。
私に、他人に触られるだけで、こんなにも恐怖を感じていると・・・?


君は、とんでもない速さで走った。
周りの景色がぐんぐんと通り過ぎていく。
たしかに、この速さならあれだけの数を相手しても捕まえることはできないだろう。
それに、逃げる、という行動にここまで迷いのないのも驚きだ。
普通なら、色々な思惑が邪魔をして、ただ単に逃げる、という簡単かつ複雑なことができない。
それは恐怖が足をすくめたりとか、追ってくる人間を意識しすぎたりとか、今後の不安とか、とにかくいろんなことが思考を邪魔をして正常な判断力をなくしてしまう。
火事なんかが起きて、その火元に避難するような現象と同じようなことだ。
火にしても、今の新撰組にしても、つかまったら命を落とすことには変わりない。
常人にはそれが無理だ。
それなりの訓練をしている私だって、こんなに早く駆けることはできない。
だとしたのなら君は、もしかしたら。
いや、やめよう。
彼の過去をむやみやたらに詮索しようと、想像しようとするのは。
見つけたのは、彼の首筋にあった、痣。
それは、まるで囚人をつなぐ鎖のようにぐるりと首から、顔にかけて残っている。
古いそれが、君にとってどんな意味を持っているか、どんな過去を示しているのか、わかってしまったようで、だけど、否定したくて。


新撰組の気配が完全に消えた後も休まずに走り続ける君に、私の家へ行くよう促した。










ざ、勘違い☆ (←死ネ