という子どもが青年と呼べる年になる年月、共に同じ屋根の下で暮らしていても、私にとっての彼はいつまでも不思議な存在だった。
出会って早数年、彼は恐ろしく美しい男へ成長する。
背中まで伸びた神はあでやかな黒。 だけど毛先だけは初めて会ったときと変わらない、彼の特異さを示すような金のままで、彼は決してそれを切り取ろうとはしない。 そのせいで他人が気味悪がっても、彼はかたくなにそれを守り続ける。
見ようによっては女子にも見えた幼さをもっていた顔立ちも、下手な貴族なんぞよりもよほど気品と色気のある艶やかな男のものになった。 彼はまるで自分がどう見られるかということをまったく頓着しない。 だからこそ惹かれるものがあるのは確かだ。
身長も伸びた。 小柄な私とそれほど変わらない目線だったのに、今では私の目の前には、それでもまだ成長しきらない不安定な細い肩がある。 きっと、この肩もそのうち胸の高さになり、厚みも増していくのだろうと思うと、より愛おしく見えた。
「某さん」
声変わり中の、独特のかすれた声も、もう少ししたらきっと耳に入るだけで人を魅了する素敵な声になるんだろう。 今だって、彼の声に私は囚われるのだから。
私を示す呼びかけとともに、手を伸ばしやすい場所へ置かれた茶。
茶は絶品だ。
彼しか入れることができない茶を、味覚だけでなく、体中で、感情のすべてで感じて、私をいっぱいにする。
・・・それは、これ以上ないほどの快感。
「――ありがと・・・、ん、今日もすごくおいしいよ」
「・・・よかった」
わずかに細められた目に、嬉しさと幾分かの申し訳なさを胸に抱く。
彼は、感情を表情に変換することが苦手だ。 そのせいで、初対面の相手や見る目のない輩に間違った印象を与えていることを、本人は気にはしていないだろうが、私は知っている。
きっと、それは今まで多くの人と接触してこない生を送ってきたことが原因なのだろうと、いうことも。
それから、今からでも多くの人と関わりを持っていけば、それは修繕されるだろうということも、知って、いる。
だが私は、己の身勝手さから、それをせず、むしろそれをさせないように、に私の身の回りの世話だけをさせている。
必然的に、彼が関わりをもつのは、私と、時々外出する買い物先の相手だけだ。
「今日は新しい茶葉を手に入れたんです」
「――ちょうどよかった。 今夜は客がくるから、そのときに出しておくれ」
は、私のそれに気づいているのだろう。
毎回、客の予定が入っている日にまるで見通しているとでもいうように、新しい茶を手に入れている察しのいい彼に、隠し事なんてするのはまったくもって意味のないことかもしれない。
だけど、彼は黙って私を許してくれるのだ。
その、残酷までの優しさをもって、罪深き私を、許すのだ。
満ちる月が、静かな町を照らす。
忍び足で私の屋敷へ来た客は、予想していた数よりも幾人か多かったが、何も言わずに部屋へ案内する。
その際、顔を見せたに使う部屋を伝えれば、ちらりと私の後ろを見て、何も言わずに姿を消した。
を初めて見た護衛たちがギョッとした顔をするのを視界の隅に入れて、わずかな満足感に浸る。
私の歪んだ口元を見たのであろう男が呆れたようだったが、いつものことで気にする価値はない。
「彼は私のものだ。 とても美しいだろう?」
私の言葉に応える声はなく、だが沈黙は肯定と受け取って、私は一人機嫌をよくした。
外から見ると少しばかり大きな屋敷だが、特殊な造りで外観よりも遥かに長い廊下を歩きながら、の自慢を長々とするのが、客を家に入れたときの楽しみの一つだ。
「彼の入れる茶は絶品だ。 君たちは単なる護衛としても、ここに招かれた幸運と、連れの一人一人にも茶をふるまうの寛大な優しさに最大の感謝をしたほうがいい。 でなければきっと、あとで罰があたるよ。
あぁ・・・、早く彼が成長してくれないだろうか。 今でもとても魅力的なんだけど・・・、あともう少しの我慢かなぁ・・・」
その瞬間を想像してうっとりする。
足を止めて熱した体を自分で強く抱き締めた。
あぁ、この腕が彼のものだったらどんなに――。
「今日はここでの茶を楽しもう」
見事な中庭が臨める大部屋は、わずかにの香りが残っているような気がした。
そこに当然のように敷かれた席が二つ。
その片方、定位置となった場所に座り、いずれ来るであろうを待つ。
今日の茶はどんなものだろうか。 最近は彼の茶が飲みたいばかりに客を家に招くことが多くなってしまった。
「失礼します」
気配なく、静かに開かれるふすま。
客についていた護衛たちはその気配の気薄さに、反射的なものであろうが、構えそうになり、私の放った気に動かなくなった。
――よろしい、私のに手を出したらどうなるか、わかったようだね?
まず、私のところへ来てくれたに礼を言って茶を受け取り、客にふるまわれるのを待つ前に口に含む。
「おや、また珍しいものを」
「ほぅ・・・、こんなものも扱うか」
それは、普通の暮らしをしていれば茶と認識されない薬草だった。
名も知られていない植物だが、裏の人間にはなじみ深い劇薬。
普通なら、その葉をひと噛みすればわずか数分で命を落とすほどの、扱う側にも危険があるものだ。
だが、私が口に入れた茶には毒性のかけらもなく、逆にすっきりするほどで。
毒は薬になる、私はそれを利用してここまで生きてきたが、まさかが強力な毒を持つこれを美味な薬茶にするとは。
おそらくわずかな調合や蒸らし時間、濃度などを違えば、触れるのもおぞましい毒茶になってしまうだろう。
私はそんなことを考えていると、は護衛たちにもそのお茶を渡していた。
しかし、一人だけ、わずかな時間を置いてが茶を渡すのを、私は見た。
ある種の確信と緊張が、私の体の中に張り巡らされる。
がそんな些細な間違いを犯すはずがない。
茶は一体どんな変化をしたのか、毒々しいものになっていた。
私の口元が、歪むのを感じる。
「くっ!!」
の圧力に耐えられなかった一人の護衛、否、正体は暗殺者が、跳ねるような奇妙な動きで構える。
「――」
「無理だな」
こんな時でさえ変わらない調子、それは、比べるのもおかしい程の実力差を示していた。
「伊藤」
「なんだい?」
私を示す名の一つを呼ぶ客、彼もようやく気付いたみたいだった。
まぁ、そのくらい気づかなければ今頃、お前の命なんぞなくなっているだろうが。
いや、やはり率の入れた茶は絶品だ。
「私の茶にも、わずかに毒性が混じっているのに何かの意図が感じられるのは気のせいなのか?」
「さて、大方君に怒っているんじゃないのかい? 呼んでもいない客をこの家に入れたこととかさ」
「俺にはまだ耐性があるから大事にはならないが・・・、帰りは一人になるな」
腹を抑え、溜息を吐きながら客は、まだわかっていないらしい。
まったく、何を言っているのやら。
「そんな酷いことさせないよ? ちゃあんと、持ってきたものは持ち帰ってもらうからね」
「――」
そう、ちゃんと、死体もね。
勝負にもならないそれは、あまりにもあっさりと終わる。
、あの時、君に出会えたことに感謝するよ。
私はだからこそ、君とそばにいることができるのだから。
肝心の戦闘シーンはまた後ほど。
そのときには別視点でお送りしたいと思ってます(希望)
きっと原作突入まで、、、あとちょっとだ!!