夕暮れの風














 珈琲には精神安定剤にでもなる成分が含まれてるんだろうか

 きっと、この湯気のせいでもある

 それごと口に運べば、苦くて熱い一瞬の芳香

 ああ、少し彼の煙草の煙みたいだと、思えなくもない



「……」



 ぽつりと呟いた

 こちこちと時計の音がして

 の置いていった音楽が流れて

 窓の外を風が過ぎる

 店の中には珈琲の匂いと

 彼の雰囲気がまるで白い煙になったようで

 もう一度それに口を付けた













































 夕暮れの風 −Thanks for 30000HIT Request #2−





































 自覚してしまえばそれこそ面倒な事はない

 気付かなければ餓鬼の憧れで済んだ話しだ、それも笑い話くらいになるだろう

 自分で自分の首締めてどうする馬鹿

 お陰で担当上忍の吹かす煙草にまでじっと目を奪われた



「欲しいのか?」


「…や、別に」



 変に片眉顰められて、はっとして顔を逸らせた

 心を落ち着かせる程冷静にそうだと分析してしまえた

 形が無いものを断定する事はできないのかもしれない

 勘違いならそれはそれでいい

 だけど、それ以外にないと頭ではなくて感じてしまったのだ

そうなったらもう終わりだろう?

 例えそうじゃないとしても、俺はそれを望んでるって事なのだから

 あんまりにも馬鹿みたいな自分に泣きそうになる

 店の時計がやけに寂しく聞こえるようになった

 気が付けばそればかりを考えるようになった

 意図せずぽつりと名前が零れて、そんな事に慌てて、思わずホントに涙が出た







 漸く夕暮れになった頃、夜みたいな匂いの風と共に店へとはやってくる

 俺のバイトはと交代で、交わす挨拶でお別れ

 たったそれだけの一時の為に生きているのだと思えた

 以前は会う事すらなかったのに

今は直接交代として制服の黒い前掛けを渡すようになった

 少しだけの扱う酒も教えてもらった

 洋菓子も、作れば美味いと褒めてくれた

 静かに笑顔する傍は心地良い



「よ、お疲れさま」


「お疲れっす」



 今日も夕暮れの風と共に扉をからんと開けたに、高揚を抑えて交わす挨拶

 長身の彼は俺を優しく見下ろした

 少しだけ匂う煙草が彼にじゃれているようで

 静かに静かに、息を吸う



「今日は例の客が来るだろう、奥から出してくるかい?」


「そうですね、確かいいのがあった筈…」



 店主と言葉を交わしながら奥へと引っ込む

 帰ろうか、もうそんな時間だ



「失礼します」


「ああ、ご苦労さん」



 店主の声に振り向けば、がちらりと振り向いて笑った

 もっとゆっくり扉を閉めればよかった

 ああ、全く面倒くせぇ

 恋など、すべきじゃなかった






























 


 


 名前を呼んでもいいのだろうか

 それを許される程俺達は親しくも何もない

 一応名を付けるなら、仕事仲間?

 一日一度顔を合わすかどうかだけの




 黒い前掛けを渡そうとして、触れた手にびくりとした

 


 なんなんだ

 めんどくせぇよ、なぁ、まじでさ

 恋なんて、なんで








































「最近、来るのが早いな」



 背を向けて酒を選ぶ店主の言葉に思わず顔を上げた

 その雰囲気を察したのか、店主はそのまま笑みを零す



「意外に単純という事か」


「…元から、ですけど」



 そう言えば「それは気付かなかった」とまた笑われた



「自分に素直なんですよ、青臭いトコも気に入ってます」


「まぁ悪くないさ、今更人の道など説く気もないしね」


「どうも」



 だけどそれには少しばかり弱い心が疼いた

 いつだって平気な顔はするさ



「なぁ



 店主の選んだ酒を受取った

 うちで一番の年代モノだ



「酒と珈琲、どっちが好きだ」



 前なら迷わず酒だった

 だけど今はほら、一人の顔が浮かぶ



「……ま、珈琲も悪くないですけど」



 老年の店主は気さくな人で、くしゃりと顔を動かせ笑う

 腰を曲げていた俺の頭を珍しく撫でられた



「しかし、も忍の癖にわかり易いな」



 それには ははぁ と溜息吐きの苦笑



「その為の面ですよ」



 それに慣れてしまったせいか、素顔でのコントロールが難しくなってしまった

 店では笑顔

 任務中の顔は無い



「バラしていいのかい?」



 少しばかり目を開いた店主にも苦笑します



「今更、俺の事を隊長がご存知無い筈ないでしょう」



 幾つ隊長の伝説を耳にしている事か



「おや、何のことか」



 悪戯そうに目を見せた店主

 年の割にいい顔をするじゃないですか

 ちょっとずるいですよ

 でも、貴方も充分わかりやすい



「…人の事言えなくないですか?」


「……ふむ、難しいな」


「その為の面、でしょ」


「違いない」



 もう一本、くるりと瓶を投げられて受取ったそれはまるで子供用の果実酒

 爽やかな甘さは口当たりがいい



「いいんですか?」


「釣れたらついでに戦略室にも…」



 言い掛けた店主の言葉を区切るようににこりと笑った



「ま、気が向いたら」


「部下に恵まれんなぁ」


「バイトですから」


「ははは、違いない」



 明日はもう少し早く来よう

 まぁ、珈琲も悪くない



「早く来てもその分の時給は出んよ」


「我等が尊敬する暗部総隊長殿…」


「しがない店主には荷の重い事だね」

 

 ぱちりと電気を消して店へと戻った

 さて、店を開けましょう












































「ちわ」


「ああ、ご苦労さん」



 薄暗い店内に入り、一応着替えて、テーブルを拭いて、音楽をかける

 ぷつり と 線の入る音が耳に心地良く聞こえる頃に店を開ける

 今日も客は殆ど来ない
 
 店の奥にいつも引っ込む店主

 自分で淹れた珈琲を用意して今日もカウンターに座った

 窓の外には秋の風が吹いていて

 まだ天高く蒼を見せる空に

 ゆっくりと染まる夕焼けを待った








 
 

















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「Ombra mai fu」の宵知さんから三万ヒット企画にてリクエストをいただきました☆
・・・・・・ぐはぁ。
やられました。完敗です。ノックアウトです。立ち上がれません。動けません。
でもお持ち帰るという使命は果たしたのです。
どうですかみなさん!!この素晴らしき夢!!はっはっは!! (お前が威張るな
あんまりにも素敵すぎて虚無は宵知さんの掲示板でとんでもない大暴走して大迷惑かけたくらい
感動しました。 (恩を仇で返すとはこのことだな・・・

それでは宵知さん、3万ヒットおめでとうございます!!そして素敵な夢をありがとうございました☆