◇ 影分身ドベナルト
アカデミー登校前のある朝のことである。
「おはよーナルト」
あたしがナルトの部屋を訪ねると、ナルトが二人いた。
「はよ」
「おはようだってばよ!」
「!?」
あたしは思わずズザッと後ずさった。
ナルトが二人いるのは別にいい。片方は明らかに影分身である。
あたしは人の感情がわかってしまうという能力を持つから、
本当の感情を持たない影分身は見分けがつく。
しかし影分身といえど、
他に人がいない状況でナルトが「てばよ」口調で朗らかに朝の挨拶をするなんてありえないのだ。
「な、ナルトこれ何!?」
ビビりながらナルト本体に聞く。
「影分身ドベナルトバージョン」
「ドベナルトバージョン!?」
「オレ今日任務入ったからアカデミー休みな」
ここでいう休みとは、影分身がアカデミーに行くという意味だ。
「それはいいけど説明になってない!」
あたしは影分身を指差す。影分身はニシシシと楽しそうに笑っている。
「ちょっと実験しようかと思って」
「実験?」
「本当にドベナルトがいたらどうなるか」
「………………」
あたしは無言で考えた。物凄く考えた。
ナルトは一見冷静で理論的な性格だが、
時々それが嘘のようにとんでもないことをしでかすことがあるのである。
特に実験という言葉が出てくると、その確立は高い。
「この影分身、ドベナルトの性格になってんの?」
「ああ、性格も能力も頭も」
「……あ、頭ってどれくらい?」
「どれくらいというか……オレのイメージ、つまり馬鹿?」
馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿……
頭の中でその言葉が反響する。確かにドベナルトは馬鹿という設定になっている。
しかし実際問題として、本当に馬鹿だと困るのである。
「ナルト、性格ってイタズラ好きも入ってんの?」
「当たり前だろ」
あたしは突っ伏したくなった。特にイタズラの時に馬鹿は困る。
「死傷者出たらどうすんのさ!?」
「そこまで能力ねえよ」
「いや無くても階段の上からドラム缶転がすことくらいはできるっしょ!?」
「それいい考えだってばよ!!」
影分身が目をキラキラさせている。
……しまった余計なことを言った。
普段のナルトがイタズラをする場合は、それなりに手加減をする。
そういう周りの状況を判断する頭と能力がなくなったらいったいどうなるのか。
……想像できない。
「そのくらいで死んだら忍失格。まああんまりヤバそうだったらが止めろ。」
「あたしが!?」
「ほい、これ」
「わっ何、巻き物?」
投げ渡された巻き物をつまんで観察する。緑の装丁の小さめの巻き物だ。
「まだ開けるなよ。なんか異常があったときに開けろ。そしたらオレに自動的に知らせがくるから」
「……待った。異常が起こる可能性あるわけ?」
「まだ実験だから当然。性格の違う影分身作ったの初めてだし」
ナルトは平然と言った。
「その不安の残る初作品を、あたしが面倒見るってこと?」
「以外に誰がやるんだよ?」
確かに本来のナルトを知りナルトと行動をともにしているアカデミー生はあたししかいない。
しかしだ、あたしはしがないアカデミー生なのである。ナルトと違って強くもない。
能力以外は一般的だ。フォローにも限界ってものがある。
しかも、影分身という代物は本体と意識が繋がっているわけではないのだ。
術を解いて初めてその記憶が術者に反映される。
だから本体のナルトにはこちらの様子はわからない。
つまりあたしは本当に一人なのだ。
「何も今日やんなくてもいいでしょうが!!
任務入ってないときにナルトは隠れて観察しとけばいいじゃん!」
「だって今日思いついたから。思い立ったが吉日――ヤベ、時間だ。じゃよろしく」
「ちょ、コラ待てーっ!!」
あたしの叫びを無視してナルトはさっさと窓から出ていってしまった。もう見えない。
このナルトを追って伸ばした手はどうしたらいいだろう。
部屋にはあたしと影分身だけが残された。
「! そろそろ出ないと学校遅れるってばよ!」
影分身が無邪気に言う。
「そ、そうだね。はははははは……」
あたしはガックシと、伸ばした手と肩を降ろした。
知り合ってからもうすぐ1年。
ナルトの考えと行動は、未だによくわからない。
あたしと影分身のナルトは、廊下で教室の後ろの扉の前にしゃがんでいた。
他に聞こえないよう、小声で喋る。
「いくってばよ!」
「ラジャー……」
ナルトは音をたてないように、そうっと扉を開けた。
そしてほふく前進で教室内に侵入する。
「ずいぶんと遅い登校だな? 二人とも?」
イルカ先生の声が上から降ってきた。
「ぎゃああああああ!!!」
ナルトは声を上げて教室の後ろの壁まで下がりビダッと磔のようにくっついた。
まだ床に這いつくばっているあたしは、ナルトを見て見事な反応だなあと感心する。
「もいつまで這いつくばってる気だ?」
イルカ先生がため息混じりに言う。
「はあい」
立ち上がる。
あたしとしてはイルカ先生が気配に気付いて待ち構えていたことは、
能力によってわかっていたので驚かない。
侵入する気満々だったナルトには教えなかったけど。
あたしは膝などに付いてしまった汚れを払う。
「うげ、汚い……」
「そうだな。じゃあ罰として放課後は教室の掃除な」
「「え〜っ!!」」
ナルトとの掃除を嫌がる声は、見事に揃った。
アパートを出る時間はそれほど遅くはなかったのだ。
真っすぐアカデミーまで歩いていけば、間に合う時間だった。
真っすぐ行けば、である。
影分身のナルトは、とにかく寄り道が多かった。
普段のナルトは別に寄り道はしない。
遅刻するのは任務が遅くなったとかそんな場合だ。
しかしこのナルトは猫がいれば追っかけるし、
何か興味を見つけるとそれに執着し、じっと見つめていたりいじくり回したりする。
馬鹿というよりは幼児である。
ナルト、絶対に精神年齢設定間違えてるから。
遅刻したのは、そんな次第だ。
しかしそんな理由を話せるわけがない。
あたしにしても遅刻は何度かしているから言い訳は効かない。
結局あたしたちは今、罰として放課後の教室掃除をしている。
今はモップでの拭き掃除。
あたしはモップ専用の絞り機能が付いたバケツのペダルを足で踏み、モップの水を絞った。
後ろではナルトが水をたっぷりと含んだモップを滑らせて走り遊んでいる。
モップは乗り物状態だ。楽しくはあるのだがこれには少々危険を伴う。
「ぎゃ!」
悲鳴と共に、ゴンッと鈍い音がした。
「ナルト、また壁にぶつかったー?」
「見ての通りだってばよ」
イテテ、と手で押さえるナルトの額は赤い。
「ぶつかる前に降りればいいのに」
「チキンレースなんだってば!」
「チキンでもヤバかったら降りるもんでしょ」
「違うんだってば! これは失敗した罰だってば」
「敢えてぶつかってんの? また変なルール作ったね」
「男のプライドだってばよ!」
「それは何か違う気がする……ってまだやるの?」
「成功するまでだってば! 止めても無駄だってばよ!」
「止めないけどさ――――レースはやっぱり二人でやるべきじゃない?」
あたしはニッと笑うと自分のモップにバケツの水を大量に含ませた。
ベシャッと床に置く。少し水が跳ねた。
「さっすがだってばよ!」
ナルトが嬉しそうにイタズラっ子の笑顔を見せた。
こうしてあたしたちはレースのスターと地点についた。
目標は床に貼られたテープだ。そのテープギリギリの所で止まらなければならない。
テープを過ぎてしまったら壁に激突。激突までしなくとも無理矢理ぶつかる。
これがナルトの決めたルール。
失敗したら潔くぶつからなければ男じゃないそうだ――ってあたし女なんですけど。
……気にしないことにしよう。
「レディーー、ゴォー!」
ナルトの合図で二人同時にスタートする。
ヤバ、あたしスピード付け過ぎたかも。テープを越え、あ?
「のわあ!?」
ステーンッ、とあたしは盛大に転倒した。それが隣で滑っていたナルトを巻き込んだ。
「うぎゃあ!?」
ナルトも転倒した。
水を大量に含んだモップのおかげで、床はびしょびしょだ。
「痛いし濡れたー……」
「巻き込むなってばよ」
「教室狭いんだからしょうがないでしょ」
あたしは涙目でナルトを見る。ナルトは頭を打ったらしく手を当てている。
「イタタだってばよ」
「いや、そこに"てばよ"はいらないから」
このナルト、どうも「てばよ」口調が多い。注意したのだかこれが直らない。
入れられそうなときは全部入れる。しつこいくらいに入れる。たまに無理矢理入れる。
普段のナルトは「てばよ」口調はよく使うが、全部入れるわけでわない。
ナルト、影分身の調整失敗したな。
あまりに影分身が「てばよ」口調を使うので、アカデミーの間、怪しまれないかとハラハラした。
ただ授業中はそうではなかった。
ナルトはいつもの通り、授業中寝ていたからである。
色々不具合はあったがそこだけは忠実だった。
でも忠実なのがそれだけってのも微妙。
「もっ回やるってば!」
「ええい、もうヤケクソだー!」
かなりの服を濡らしたあたしはもうどうでもよくなり、引き続き遊びに興じることにした。
だいたい今日は影分身、
ひいてはそれを創ったナルトのせいでストレスが溜まっているのだ。
「ストレス解消!」
「オレもストレス解消だってば!」
「ナルト、ストレス溜まってんの?」
「おぉ! 今日はイタズラできなかったってば!」
あたしはガクッと転びかけた。
「それがストレス〜?」
「がやるなって止めたんだってば!」
「止めたっていうかまず学校にドラム缶ないから!!」
今朝あたしが思わず言ったイタズラ案を、
ナルトはいたく気に入ったらしくやろうとしていたのだ。
「他の計画も出したってば!」
「だって碌なのないし」
それまでの様子からとてもやらせられないと判断したあたしはナルトを止めた。
他の計画もこのナルトとやるにはちょっとやるには勇気がいるものばかりだったのだ。
「だからチキンをやるんだってば!」
「まあそれに異存はない!」
ストレスが溜まった者同士の妙な一体感が生まれる。
「行くってばよ!」
こうしてあたしたちは、モップチキンレースをやり続けた。
「終わったー! あとは片付けのみ!」
モップチキンレースを一通り楽しんだあたしたちは、
さすがにそろそろ時間がまずいだろうということでレースを終了した。
今はびしゃびしゃになった床の水をモップで吸い取り終わったところだ。
あたしはモップを2本手に持つ。
「ナルト、バケツお願いね」
「わかったってば」
バケツには水が入っている。
教室の汚れを凝縮したバケツの水は、混濁している。そして量も多く重い。
「ここから捨てちゃえってば」
ナルトはバケツを窓に向けた。窓の外はアカデミーの裏庭にあたる。しかし、
「え!? ここ二階――」
止める間もなく汚水はザバッと流された。それとほぼ同時に、
「げ」
いかにもヤバい、という感じのナルトの声がした。
「ちょ、何」
あたしは慌てて駆け寄り、バケツの水を捨てた裏庭を覗き込んだ。
「あ」
やっちゃったよ、という感じの声をあたしは出した。
そこには、ずぶ濡れになったイルカ先生がいた。
固まっていたイルカ先生が、ギギギと上を向いた。ばっちり目が合った。
「お前ら……?」
「ヤバいってば! 逃げるってばよ!!」
「えぇ!? ご、ごめんなさ〜〜いっ!!」
あたしたちは手に持つ道具を捨て、猛ダッシュで逃げた。
「コラーーッ!!!」
遠くでイルカ先生の怒声が聞こえた。
いつもならば捕まるところだが、
今回はイルカ先生がずぶ濡れになってしまったせいか逃げ切ることができた。
ドタバタとナルトの部屋まで逃げ帰ると、ナルト本体が帰ってきていた。
「……何やってんの? お前ら」
「……自分の……頭で……確かめ、れば……?」
疲れ切ったあたしは床に手をつき、息も絶え絶えに言った。
ナルトは影分身を解除した。疲れて寝転がっていた影分身が煙と共に消える。
影分身の記憶が還元されたらしいナルトは、顔を顰めた。
「何か…………本当に馬鹿だな?」
「ナルトが創ったんでしょうがっ!?」
あたしは蹴りを入れる。ナルトはそれをひょいと躱した。
足は空を切り、一度解消したもののまた溜まったストレスが更に溜まる。
ああ、このストレスはどうしてくれようか?
「性格の調整って難しいな……」
ナルトは何やらブツブツ言っている。完全に無視である。あたしは決意した。
「ナルト……あたし明日イルカ先生に会うの恐いんだけど?」
あたしはナルトの腕をガシッと掴んだ。笑顔で言う。
「明日はナルト本人が来るよね?」
ナルトの数少ない弱点。それはイルカ先生である。
ナルトの顔が引き攣る。
「――い、いや明日も任務が」
「そんな任務蹴ろ、すっぽかせ、誰かに押しつけろ。つーか嘘つくな任務ないでしょ」
真顔で詰め寄る。あたしの能力は嘘も見破る。
あたしは更にいいことを思いついた。
「そうだ! 今から謝りに行こう。そのほうが傷も浅い!」
「え゛!?」
ナルトが動揺する。いい反応だ、よし今から行くこと決定。
イルカ先生は恐いがナルトへの報復の方が勝る。
そもそもイルカ先生に汚水ぶっかけたのは"ナルト"だし?
「さ、行くか」
「うわぁ!?」
急に引っ張られ転ぶナルトを無視し、
あたしは玄関を越えその腕をズルズルと引きずった。
2006.12.15 颯冴 佳月
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「Out facet」の佳月さまからフリーを強奪してきました☆
やばいです。画面の前で虚無は怪しい笑みをさらけ出すことを止めることができません!!
ドベナルトとスレナルトのダブル出演にも興奮してます!
チキンレース、虚無も昔は買い物籠とかでやってたりしましたねぇ・・・。
と、いただいた佳月さまのサイトへはリンクから行けます♪
それでは、ありがとうございました!!