ドリーム小説








「・・・・・・コワイ」


うっすらとこの街の違和感を感じていた。 静かすぎる、人の多い街。
人はいる。 なのに、このトライドラという街には、まるで生気が感じられない。
たとえば、ファナンでは商店街の呼び込みの声がする。 聖王都では、公園で子供の声が弾む。
ハサハがそれを察知し、俺に身を摺り寄せてくる。 服の裾を握り締めている小さな手は震えていた。


「・・・むなくそわりぃ」
「愚痴るな。 気取られるぞ」


視線を動かさずたしなめると、小さな舌打ちが返ってきた。
内心ため息をつく。 覚悟していたとは言え、あたりから漂う血の匂いに酔いそうだった。

――あれから急いで急いで、なんとか無事にトライドラに入ることが出来た。 途中何度か足止めをくらったが、それをけちらし、時には自主的にお帰り願いいただいたりしたので、思ったよりは疲れてはいない、
そうして着いたトライドラを、シャムロックの案内で進む。







場内はやはり奇妙に静かだった。 仲間内でも何人かはそれに気付いたようだ。
シャムロックは謁見の手続きに行って、ここにはいない。


「なんか、おかしくねぇか?」


口火を切ったのはレナードだった。 さすがに城内では遠慮して煙草に火をつけてはいない。 それでも口寂しいのか、咥えているが。
よっぽど好きなんだな、と思いつつも、気のせいじゃないかと返すと、今度は別のところからの返答があった。


「いえ、私も、どこか、悪意のようなものを感じています」


カイナだった。 彼女はそれが一体なんであるのか、どこから発せられているのかわからないが、念のため注意しておいたほうがいいと言う。
城内に楽器の音が鳴り響いた。 同時にシャムロックが姿を現す。


「領主さまの謁見の合図です。 みなさん、こちらへ。
 ――あぁ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、リゴール様はお優しく、気さくな方ですから」










跪き、頭を下げる。
領主、リゴールはシャムロックからの報告を聞いて、何かを考えているように見えた。
落とされた砦のこと、攻めてきた黒の旅団のこと、ビーニャと呼ばれていた強力な召喚師のこと、そして、この場にいる聖女アメルのこと、黒の旅団によって滅ぼされたレルムの村のこと。
報告がアメルの話になった瞬間、リゴールは明らかな反応を示した。


「なんと、そなたがあの聖女だというのか」


シャムロックが促して、アメルがリゴールに答えた。


「はい、私の村は彼らによって滅ぼされました」


静かにリゴールは顔を伏せた。「そうか」それは、被害にあった人々への思いをはせているようmに――はたからみれば――そう、見えた。


「くっくっくっ・・・」


抑えきれない 笑い声が、広い空間に響く。
幾重にも音が反響し、それは不気味に消えていく。
全員が、なにごとかとりゴールを見た。


「リゴールさま・・・?」


シャムロックが声をかけると、たえきれないという風に大きく口を開けて、彼、いや、彼だったモノは笑った。
俺は、即座に体を起こし身構えた。 この場を支配する、彼の気配に耐え切れなかった。

 ギャン!!

あまりの衝撃に吹っ飛ばされ、じゅうたんの上をゴロゴロと転がる羽目になる。
だが、いつまでも転がっているわけにはいかなかった。 すかさず第二撃が俺の上から振り下ろされる。
なんとか剣を構えると、振り下ろされた大剣がぶつかり合った。 すさまじい音がする。
押し合いになる前に、それのも持ち主を横に蹴り飛ばして、ようやく間ができた。


「なんでお前がここにいる!!」
「・・・・・・・・・・・・」


ラグは答えず無言で武器を構えた。
領主の方から聞いたことのない、気色悪い声が聞こえた。
ラグから目を離せないため、その人物の顔を確認することができないが、おそらくはキュラーだろう。


「いざや、鬼に変じませいっ!!」


かん高い声に、禍々しい気配が空間を支配する。
この世界のものではないものが、領主に、兵士に召喚獣に憑依する。
姿かたちが、変化する様を正面から見たシャムロックが絶叫した。


「構えろ、シャムロック!!」


フォルテが叫んでいる。
トリスが詠唱している声が聞こえる。
ラグは何も言わずに声を殺そうとする。
低く構え、飛び掛ってくるラグから避け、逆に剣のはらで殴り飛ばした。
――本気でやったつもりだったが、ラグはなんでもないかのようにまたこちらへ対峙する。
まわりは、次々と鬼に変じていた。 空間がやたらと禍々しく、そして重くにごっていく。
鬼兵たひの声が、音無き声がパーティーに精神的ダメージを与えているようだ。 俺はなにも感じないけれども。
動きがだいぶ鈍くなっているのは、だが俺は他をフォローするだけの余裕があるはずがなかった。
ラグがその巨大なオノを肩にかつぐ。


「殺す」


上から振り下ろされる、そのオノの圧迫感。
俺も構える。 狙うは。


ラグのオノを受け流し、その肩へ切りつける。 奴はまったくひるまずに次のモーションに移った。
普通の人間だったら痛みでオノを手放している。 やはり、こいつは。
以前から薄々感じていた違和感。 そして、その勘は正しかったようだった。
ラグは受け流されたオノを思い切り横に振りかぶる。 まるでバットを振るうように体をひねった。
ぶぅん、と空気を鈍く裂くそれをしゃがんでよけ、俺のちょうど真上を過ぎるところで剣を天にささげるように突き上げた。
金属音と手に伝わる感触で、俺の持つ剣が壊れたのが分かる。 予想はしていた、なにせあのでかさと重さのオノだ。
だが、それだけの犠牲を払うだけの価値は十分にあった。
ラグは、初めてオノから手を離した。

――いや、正確に言えば、ラグはオノから手を離してはいない。
  ラグの腕は、まだオノを握り続けている。


「やっぱりか」


奴の肩から先が、数メートル離れた先にオノとともに転がっていた。
ラグの正体は、キュラーが創り出した傀儡。 おそらく元の体の持ち主はよっぽどクレスメント家に恨みを持っている者、というところか。
ヒトではありえない怪力と痛みを感じない理由も、それで説明はつく。
遠目に見えるちぎれたラグの腕はその断面ばかりでなく、皮膚のいたるところが腐って変色していた。 いったいいつ、作成されたものなのだろうか。
ラグは、腕がなくなっているのに気付いて初めてその目を俺以外に向けた。


「ッ、させるか!」


オノを取り戻そうとするラグの前をさえぎり、先が折れた剣で斬りつける。
壊れた剣でも十分にラグの足を止められるはず、だった。 だが。
















「やっぱりか」


場にそぐわない、静かな声が聞こえてネスティはそちらを見た。 そこいはマグナがいる。 そして、不気味なラグの姿もあった。
異変に気付くのはすぐだった。 ラグのオノがすぐ近くに転がっている。 そして、そのオノにはラグのものであろう腕がついていた。
いきなりの光景に一瞬吐き気を覚えたが、ここは戦いの場だ。 すぐに持ちなおす。
もしやマグナが腕ごとオノを切り離したのだろうか。 そこまで・・・。
異臭がして、気付く。 ラグの腕を見ると、それは変色して腐っていた。 それが異臭の原因だった。


「――これは」
「ッ、させるか!」


ラグがマグナの静止を交わして己の腕を取り戻しに来た。 あまりの速さに反応できず、体当たりされ無様に弾き飛ばされてしまう。
あまりの衝撃に声も出せない。
ころがりながら、ラグの残ったもう一本の腕がまたちぎれて後ろへ飛んでいたのが見えた。
そして、腕がなくなってしまった彼は、口に巨大なオノを咥えてどこかへ去る。


――今のは・・・。







キュラーとガレアノが不穏な会話を残し、城には炎が放たれた。
急いで城から脱出できたものの、何もかもが燃え尽きてしまった。




腕には、刻まれた印。
ネスティの頭から、その印が離れない。
だが、それが一体なんの印かが、どうしても思い出せなかった。














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久しぶりすぎる更新ですみませんでした。
下書きはおそらく一年前のものです笑