閑話
「カカシ、聞きたいことがある」
試験から幾日が経ったある日、たまたま見つけたカカシに声をかけ、都合も聞かずに暗部待機所に連れ込んだ。
もし任務が入っていたらまずいかもしれないが、カカシのことだ。 もう少しくらい遅くなったって、いつもの遅刻だとすまされる。
俺がそう考えているのがわかっているのか、それとも用事がないのか、カカシは特に文句も言わずにおれの好きなようにさせた。
「とりあえずそこに座っとけ」
「がだっていうのは、本当だったんだねぇ」
「疑っていたのか?」
「うんちょっと」
『ハァ』
悪いと思った風もないカカシにため息をついたのは俺じゃなく、最近暗部待機所の置物化としているウサギだ。
ウサギの体を持ち上げてカカシと対峙するように腰を下ろす。
じゃらり、とウサギの長すぎる耳につけた大量のアクセサリーが音をたてた。
『、またアンタ、妙なモン拾ってきて・・・』
「妙なモンって・・・、ヒドイね」
「お前も俺が拾ったようなモンだろう。 そんなことよりも、コイツに含まれている力のことだ」
「も俺のセリフ無視?」
ウサギの額にある朱珠に触れる。 やはり、その朱はゆらめいていた。
説明はあまり好きじゃない。 めんどくさいしうまくできないから。
カカシの意識が逸れる。 逸れた先は俺の指先にある、禍々しさを感じさせる程アカい、朱珠だ。
「まずは、紹介をする。 コレは見ての通り、ウサギ。 一度壊れたのを俺が拾って治し、ココにいる」
『好きはさっきまで座ってたあのクッション。 嫌いはガキとでかい音との不衛生! 別によろしくしなくてもヨシ!』
「・・・また個性的な友人?を持ってるね。 俺はカカシ。 とりあえずはまぁ、ヨロシク?」
微妙にかみ合ってない挨拶だ、とおれは思ったが、いちいち突っ込む気分も時間もないので、次へ行く。
「俺は、暗部内での呼び名は、ドクターとも呼ばれているな。 九尾の影響を受けて妖の力を有している、というのは知っているか」
「あぁ、知っているよ。 ついでに言うと、ナルトたちのことも話には聞いているから、変に隠さなくてもいいよ」
「わかった、で、お前の中に妖の力が混じっているっていうのも知っているか」
「――ハイ?」
あぁ、この反応は知らなかったんだな、と観察して、次の反応をする前に話を続ける。
「お前の持つ車輪眼、だったか。 それの性質で妖力を取り込んだんじゃないかと思うが・・・、九尾の事件にかかわったときに」
『十年以上も何も気づかなかったわけ? ニブちんねー』
「思い当たる節があるよーな、それしかないよーな・・・、何? あれってショックで制御できなかったんじゃなくて、だから妖力にあてられたってコト?」
その頃を思い出しているのか、カカシの目が泳ぎ、落ち着きがなくなってくる。
無意識かどうか知らないが、印を組み始めてるし、チャクラも込めてあるから普通に術発動するぞ、それ。
「俺を殺す気か?」
『そんなコト。 する前にアタシが殺すわよ』
「まさか、そんな怖いことしないよ」
どうやら無意識じゃなかったらしい。 だったらこれはなんだ。
カカシの手はある形で一回止まると、手のひらを上に向け、その上に火の玉が現れた。
――見た目は、ただの火遁・・・だとは思うが、忍術に明るくない俺には、それらしい、としか言えない。
だが、ソレは顕著だった。
「俺の言う心当たりっていうのは、コレなんだけど。 別に害はないよ? ただあの時は勝手が違うのかコントロールが難しかったケド、今ではそうでもないし」
手のひらにある火の玉。 それはどうってことのない普通の火遁なんだろうが・・・たとえ色が禍々しくとも、それが――生きていても。
“なんじャア ワレェェッ!! ジロジロとワシャア見ヨォッテカらニッ!! ブッ殺シテ欲しいンカァ!!”
「こいつ怒りっぽくってさぁ・・・あんまり人前にはださないんだけど・・・結構ピンチになったときは役に立ってくれるから俺としては助かってるんだよね」
「・・・とりあえず、これのどこらへんが“害がない”って言えるんだ?」
『下品なやつ』
“んじゃトぉ!? キサマこそその長ったらしい耳ノ飾り物、ウットォしいワァ!! 引きちぎッテクレヨカぁ!?”
『しかも言葉もまともにしゃべれないみたいね。 ま、その程度の存在ってことかしらね』
ずいぶんとまぁ、積極的なやつだ。
炎の揺らめきのなかに視える激しい表情らしきものは、俺に向かってもその激情を放った。
俺のことが気に食わないとか、すました顔を潰してやりたいとか。
それら一切を聞き流して、カカシを見ていると、もしかしたら俺が介入する必要はないかもしれないと思う。
まぁ、それでも一応は本人に聞いておくべきだろう。 確かこいつも“登場人物”だったと思うし。
「カカシ、お前、近いうちに死ぬぞ」
「・・・妖力って人体に悪いんだ? それにしては君たちは平気みたいだけど」
『飲み込みがいいんだか悪いんだか微妙ねェー。 母体から生まれ落ちる前と一度死んだ時に受け入れたアタシたちと、人としての肉体の成長期に受け入れさせられたアンタと同じなわけないでしょーよ』
妖力は、妖怪の体じゃないと耐えられない。
俺は母体の中で自分の体が完成しきらないうちにこの力を得たので、妖力に順応した体を作れたし、ウサギは耐えられるようにと俺がウサギの体を改造した。
ウサギの長い耳についた幾つものピアスは、それでもウサギの体を破壊しようとする妖力を抑える効果と、改造しすぎてうまく生命活動ができなくなったのを補助する効果を発揮している。
――実はそれだけで、火影邸が買えてしまうほどの財産価値があるというのは、ウサギ自身も知らない。
「お前が十年間もまともな姿でいられるのは、おそらくその眼のおかげだろう」
隠された眼に触れる。
彼の友人は、命を落としてなお、彼を助けていたのだ。
だが、それでも限界はある。
『それは近いうちに来るわ。 それも、一瞬でアンタの体は消えてなくなる。 ま、自分の死体処理を友人にやらせることがなくなっていいんじゃない?』
「実際に人体実験もしたんだが、普通の忍びは三日で頭が狂い、十日後に人でなくなってそのまま自滅したな。 まぁ、わずかな個人差はあるだろうが生きられないことは確かだ」
「穏やかじゃないネ」
「最初からそんな話はしてないつもりだが」
カカシにとっては衝撃的な発言をしたつもりだが、なんてことのない返答をされた。
俺の認識違いなのか、それとも、これが忍びの性なのだろうか。
話している間に、騒いでいた炎は俺が消した。
どうやら俺が我慢できる範囲はウサギらしい。
そのウサギは目をふせ、時折においを嗅ぐように鼻先を動かしている。 額の石が、ゆらめいていた。
「こいつのこれ、何に見える」
「・・・見たことない飾りだよね。 妖力が含まれた宝石かな」
元々は、無色のビー玉だったソレ。 ぽっかりとあった穴に何かふさぐものでもないかと思ったときに、たまたまちょうどいいサイズがあったからはめ込んだのだ。
さすがに俺でも、額に穴のあいた生物に愛着が沸くとは思えなかった。 それだけの理由で。
その話を聞くと、カカシは顔をゆがめてエグイね、と言う。
「それがどんな作用をしたんだか、ただのビー玉が赤く染まって周囲の妖力を取り込むいわくつきのシロモノになって。 まぁ、今回のような場合は楽できるから俺としては良かったんだが」
「それを使って、俺の中にある妖力を全部吸収させようって? でもそれって大丈夫? 術使えなくなったりとかすると困るんだケド」
『・・・選択肢をあげるわ』
黙っていたウサギがまっすぐにカカシを射抜く。
ウサギのテレパシーに、いつもの浮ついた何かは一切ない。
『三年後に壊れて何度か死んだ後に溶解しあとかたもなく消えるか、今妖力を取り除き本来より数十年短くなった寿命を使い切るか』
「それだけなら迷わず後者を選ぶけど、それだけじゃないデショ」
『体内にある妖力がなくなるわけだから、おしゃべりなオトモダチはいなくなるし、忍術の感触が変わってしばらくは使いにくくなると思うわ。 もしかしたら体動かすのにも違和感を覚えるかもしれないわね』
「ふーん・・・」
カカシの中で何かが渦巻くのが見て取れた。 何を考えているのかは、俺にはわからない。
しばらくの沈黙の後、カカシはにっこりと笑った。
「なんて、最初から答えなんて決まってるケドね。 聞くけど、妖力を取り除くのって痛いのかな?」
「・・・やってみればわかる」
ある程度は痛みの耐性はあるケド、とのたまうカカシのそのあとの言葉を待たず、ウサギは問答無用でその妖力を取り込み始めた。
少なくとも、その感覚は俺とウサギにはわからない。
だって、俺たちからソレを無くしたら、すべてがなくなってしまうから。
決断を迫られて、俺は少し、少しだけ思考がそれた。
目の前にいるのは、子供だ。 十になるかどうかの、幼い子供が膝に妙なウサギのような動物を抱いて俺の答えを待つ。
根本的に、捩子曲がり歪んでいる。
そう感じさせる子供は、だがまっすぐ過ぎるほどの目の持ち主だ。
だからこそ俺は、彼の言葉が真実だと受け止められるだけれども、この里には、いったいどれほどの歪みが残っているのだと、悲の感情を覚えた。
悲しいことに、どこにでも歪みはある。 だが、この里のほとんどの歪みの原因は、巨大な、あの事件だ。
あまりに違う、人ではないモノ。
奪われた悲しみ、怒り、恨みつらみは忘れることはない、だが。
(落ち着け、もう心の整理はついているハズだ)
ふとした時に湧き出てくる負は、きっと一生、自分が死に存在がなくなるまでまとわりついてくることだろう。
だが、自分はそれに囚われるようなことはない。
感情にまかせ、九尾を宿しているうずまきナルトを手にかけることもしない。
なぜなら、自分にはその資格がないのだから。
あの事件で亡くなった命の数以上に、俺は他の国や時には木の葉の命を奪ってきた俺には、その資格すらない。
だから、被害者であるを目の前にしても、浮かぶ感情は悲しみや憐憫の類だけ。
もしくは、同族意識、だろうか。
自分の歪み、“生きる炎”はそれでも俺を今まで生きながらえさせ、時には思わぬ励ましを受けた。 (きっと、アレはそう意図してやったのではないのだろうけど)
「――」
音にさせない、感謝と別れの言葉。
体のどこかでザワリと何かがうごめき、それは返事だろうかと思ったが、気分のいいものではないことと、ざわめきが収まらない。
きっとこれは、これから行われることをなんとかして阻止しようともがいているのだろう。
それは、幾度も見た最後のあがきに似ていた。
(キミには確かに世話になったよ、命を救ってくれたときもある)
だが、あとたったの三年の人生なんて、まっぴらごめんだからね、キミには消えてもらうよ。
俺はそうして生き残ってきた。
クズだ。 エリートなんてとんでもない。
だって、そうでもなければ生き残ってこれない、それが、忍びの真実でもある。
余裕のあるときは理想を掲げ、ヤバくなったら自分の保身を第一に考え味方も簡単に見捨てる。
それが、エリートと呼ばれるはたけカカシの真実の姿だ。
「なんて、最初から答えなんて決まってるケドね。 聞くけど、妖力を取り除くのって痛いのかな?」
自分の胸の内を悟られないように、軽口をたたく。
はわずかに目を細めた。
なんだか、心を読まれているようだ。 だが、居心地が悪いと感じる前にの抱えている小動物が動いた。
額に埋め込まれているいわくつきの石が、意思を持つようにゆらめき、発光し、紅いもやを生み出し、それが俺の全身にまとわりつく。
瞬間、信じられないほどのチャクラでは決してありえない力がナカをかき乱し、暴れ、赤電となって抵抗したが、次の一瞬で何事もなかったかのように消えた。
あれが、きっと俺の中に巣食っていた妖力なのだろう。
ぴりぴりと今まで覚えたことのない痺れを握りしめた。
紅いもやが再び小動物の額の石の中に収まると、信じられない感覚が俺を襲う。
脱力感 無力感 喪失感 安堵感
失ってから初めて気付く。 俺は確かに妖の力によって、支配されてきたのだと。
身の内から、ヒトへの憎しみを受け続けていたのだと。
その他にも、まるで一瞬で異世界に移動してしまったかのように。
世界は、開けた。
体はだるい。 おそらくはしばらくはまともに任務を受けることはできないだろう。
変化の術すら、まともに成功できるかどうかも微妙だ。
このあとに入っているAランクの任務も、火影様に頼んで後回しか、他の人にやってもらうしかない。
「、ウサギ、ありがとう」
俺の、本心だ。
涙したいほどに、俺は
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実はこんな裏設定がありました。
伏線があるような、ないような、意味がないような・・・。 こんなカカシはどうでしょう?