悲鳴が聞こえる。
心なしか、熱い、ような気がする。
たぶん、この感覚は母親の感情とリンクしている部分が感じているのだろう。
おそらく、痛覚はまだ作られていないはずだ。
だから、熱も感じることはない。
そう、無駄な分析をしながら手を開いたり閉じたり指をバラバラに動かしたりを繰り返している。
そうしているのは、単なる暇つぶしと、生まれた後のことを考えてのことだ。
悲鳴、うなり声、炎、破壊、それぞれの音が、俺の耳に入ってくる。
俺の聴力が優れすぎているのか、『外』の音が大きすぎるのか。
――衝撃。
今まで聞いていた音が、桁違いの音量で俺の耳を通し、脳へ伝えてくる。
これは、炎の音?
これは、崩れる音?
これは、母親の悲鳴?
これは、血の流れ出る音?
―――これは、 俺の顔の皮膚が焼ける音か?
痛覚が無いから痛みは感じない。
ただ、音だけが、自分の顔が焼けていることを俺に自覚させた。
呆然とする。
視力は無かったはずなのに、いつの間に俺はここまで成長したんだ?
母親の腹に穴が開いてしまったのだろう。
その穴は、俺の右目だけを外界の空気に触れさせた。
そして、俺はその目でこれから生まれるであろう世界を見る。
炎、壊れた建物、血練れの人間、逃げ惑う人間、そして、この騒ぎの原因であるであろう、巨大な生き物。
その巨大な体躯を見て、直感する。
―――九尾だ。
九尾を九尾として認識したそのとき、急に九尾がこちらを向いた。
そして、視線が交わる。
もしかしたら、母親のことをみていたのかもしれない。
近くにたくさんの人間がいたようだったから。
だけど、そう『感じた』のだ。
一瞬、まさにあれは刹那というべき時間のなかで、たしかに俺と九尾は互いを認識した。
俺はまだ生まれてさえいない人間で、九尾は破壊を尽くしている最中だったのにもかかわらず、俺は九尾を認め、九尾は俺を認めた。
ぼんやりし始めた俺の視界のなか、九尾が一瞬動きを止めたことを俺は見た。
九尾がこちらを向いたことで、母親とその周りにいた人間はパニックを起こす。
俺は九尾を認めながら、人間の様子を煩わしいな、とどこかで思っていた。
この瞬間が、心地いいと感じて、もう少し、このままでいたい、そう確かに、思った。
その、一瞬後のことだ。
九尾の今までの咆哮とは違う咆哮、悲鳴にも似たそれに俺は恐怖ではなく悲しみの感情を覚えた。
いや、あれは断末魔だ。
何が起きたのかはわからない。
俺の右目は完全に視力を失っていたから。
そのとき俺は、なにか今まで抱かれていたものとは違うぬくもりに、なぜかすごく、安堵した。
視力を失った右目から送られる脳への信号は完全に途絶え、俺の視界は左目の母親の腹の内部。
ただただ、暗闇を見つめ、母親のものとは違うぬくもりが、ゆっくりと俺の中に侵食していくのを、許容した。
さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになる。
母親の周りに行き交っている言葉から、九尾が赤子に封印されたらしい。
母親も喜び、夫を亡くしたことを、悲しんだ。
泣き崩れ、夫の名前を繰り返し呼び、そしてそのうちに心に傷を負いながらも、立ち直る。
こうゆうものを見るたびに、人間は強いな、と思う。
とても自分が人間のような強さを持っているとは思えない。この母親のように。
その前に、大切なものを失う経験をしたことがないし、自分の大切なものがなんなのかわからない俺は、こんな場面がこれからあるかどうかもわからないが。
一瞬だけ見た外界の様子から、大切な人やものを失った人は今日だけでたくさんいるのだろう。
親、子、夫、妻、恋人、人間だけでなくペットや宝物を失った人も多いはずだ。
この事件で俺のような生まれてもいない子も生まれる前に死んでしまう子もいるかもしれない。
俺の場合は、まぁ、普通だったら死んでいるだろうが、俺の存在が特殊だから死なないですむかもしれない。
それに前世の記憶を持ってまで今現在作られているのに、生まれ落ちる前に死んでしまうっていう結末ほど無意味な人生(?)はない。
そういえば、例の赤子の世話は誰がするのか。ってかこの事件で保護者を亡くした子供は誰を頼るのだろうか。
・・・里の最高権力者がそれぞれの居場所を提供するのが妥当か。
では、九尾を封印した赤子はどこへ行くのだろう・・・。
もう一度くらい、あの九尾に会ってみたい。
たぶん、ずっと将来のことになりそうだが・・・。
・・・・・・・・・・まて。
『九尾が赤子に封印された』って、何かで聞いたことが・・・。
実際はそこまで考えなかった。そこまで考え終わる前に、新たな仮説に俺は思考を停止させる。
もしかして、異世界トリップ、ってやつですか?
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主人公、気づくの遅いですか、そうですか。
とりあえず九尾と目が合います。
んでもってちょっとした伏線もどきを張ってみたり。
でもうまく作れるかなあ、いい小説を作るのって難しい。
楽しく書くのは簡単な気がするんですけど・・・。