あの事件があって、いろいろなことがあってやく八ヶ月。
俺はやっと『産まれる』ことができた。
いや、させられたといったほうがいいか。
たぶん薬で陣痛を起こさなかったらもっと産まれるのが先になってただろうし。
普通の人間なら受精してから約十ヶ月で産まれる。
だけど俺はあの九尾の事件のせいか、俺自身の自我のせいか、存在の特殊性のせいか、体の成長が著しく遅かったのだ。
体を作っているそばから組織を破壊されてたら当然のことかもしれないが。
時間の感覚はなんとなくでしかわからないがたぶん俺が自我をもって一年近くは母親の腹のなかに入っているはずだ。
普通よりもかなり母親の腹の中にとどまっていた俺だが、正直まだ外界に出たくなかった。
勘違いしないように言っておくが、俺はマザコンじゃあない。
外界に出たくない理由はいろいろある。
まず、俺は体中の組織がぼろぼろで、全身の怪我がまだ治っていない。
胎児は医者に怪我を診てもらえないから自己治癒力に任せるしかない。
だけど体の組織を組み立てながら破壊された分の細胞の修復をしようとしても、治りが遅くなるのは当たり前のことだ。
それに俺は胎児がどうやって出産されるのかを知っている。知識としてだけだが。
あの、小さな穴を通り抜けるのだ。
普通に通り抜けられる大きさじゃない。
じゃあどうするのかっていうと胎児の頭蓋骨を変形させて無理矢理通させるのだ。
自分の脳は大丈夫だろうかとかどんだけ苦しいのかとか生まれる前に死ぬんじゃないかとか不安を覚えるのは仕方がないことだろう。
人間が最初に覚える感情が不安だということが実感できた俺ははたして幸か不幸か。たぶん確実に不幸だろう。
そして生まれ落ちたあとのことを考える。
正直、めんどくさい。
俺は前世で24まで生きて短い生涯を終えたがそれだけでもどうしようもなくあの人生を繰り返すのはつらいというか精神的体力がいるということを知っている。しっかりとその苦痛を覚えている。
むしろあの24年間の人生で十分満足したからもういいやって感じなのだ。
それがなんで望んでもいないのに人生をもう一度やり直さなくちゃなんないんだ。
おい、だれか、俺をこの状態に陥れた誰かに言いたい。俺の人生を一回で終わらせろ。なんで俺がこんな状況に・・・、もっと他に生に渇望しているやつはたくさんいるだろうに。
あぁ、いまさらだけどなんで俺が。・・・考え出したらキリがないうえに腹が立ってきた。
話がそれたが、まぁとにかく俺がそれらを無視してでも産まされなければならない理由。
あれ以上俺が母親の中にいたら、母親の心が完全に壊れてしまっていたのだ。
夫を失った悲しみ、子供がいつまで経っても生まれない不安、周りの目、思うように動くことができない自身の体。
誰だってそんな状況になれば滅入るに決まっている。
彼女が弱いわけではないのだ。
出産の時はそれはそれはかなりつらかった。
本当は俺の傷が治っておらず、出産室には血の匂いが充満し、ほとんどの立会人はあとで気分を害し、吐いてしまったらしい。
それに、産まれる瞬間は、辛い。
たぶん人間はみな忘れてしまうのだろうが、俺は自我がすでにはっきりしているから、一生この感覚を忘れないだろう。
なんせ、さっきも言ったが人間は生まれるに当たって、頭の骨の形を変形させなければいけないのだ。
その感覚は、なんというか・・・異常だ。
子供が産まれる理屈はよくわかってはいたが、実際の体験は全て忘れてしまっている。ってか、覚えている人はいないだろう。俺が特殊なだけだ。
実際に体験してもし覚えている奴がいたらそいつは俺と同じ異常人間ってわけだ。
そうそういてたまるか。
まぁ、そこらへんはともかく。
俺は九尾事件の影響で顔半分に一生残るであろう痣。
そして九尾と目を合わせたせいか、それとも怪我のオマケか瞳の色まで左右で違うものになった。
怪我のない左目は黒に近い灰色。まわりの皮膚が痣の右目は濁った紅色だ。
ってか、産まれた瞬間にはもう目を開いている子供なんて普通いない。
怪我のせいで片目しか開けないように演じようかと思ったが、俺の不注意で母親にはオッドアイのことを知られてしまった。
だが、母親以外には俺のオッドアイの存在を知っているものはいない。
それにしても、外界、いや、世間というものはやはり居心地がいいとはとても思えない。
いつも誰かにかまわれて、一人でいる時間が好きな俺にはストレスがたまっていく一方だ。
それに、顔半分の痣で同情されるような態度もうざい。
だから顔を隠すお面のようなものが欲しい・・・、なんて、産まれたばかりで言葉を喋るわけにはいかないから(それに俺の舌ではまだ喋れない)何気なくあらゆるものを顔にかぶせて遊ぶフリをする。
里はまだ復興しきっていない。
あらゆる場所に瓦礫と化した家がある。
俺は外に出ることはないが、窓からのぞくと壊れた里の様子がよく見えた。
里の人々は早くもとの生活に戻るべく忙しそうに動き回っている。
瓦礫を大人数で片付けていく作業を里人たちは一生懸命やっている。
その合間には誰しもが笑顔を浮かべた。
たぶん徐々に元の姿を取り戻してくる里が嬉しいのだろう。
それをぼんやりと見て、なんとなく希薄だな、と思う。
他人の笑顔を見て、そう思うのは失礼なことだとはわかっていても。
だが、人々のその笑顔を見ていると、その面の皮膚を剥いで裏の表情を見てみたくなるのだ。
まぁ、実際にはできないし、しようともおもわないが。
それに今は母親の腕の中だ。
勝手に身動きしようとすればすぐに気づかれる。
ま、今は何もできないただの赤ん坊だ。
何も、できない、ただの、人間だ。
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そういえば、名前が出てない!!
名前に関しての裏設定では前世の名前、今の名前があるのに・・・!!
まぁ前世の名前は出てくるのかどうかは不明ですが。
もしかしたら出るかも。
まぁそのときには名前変換ができない固定の名前になるんでしょうが・・・。
あ、ちなみに出産とかそのへんのところは適当です(おい