あれから数年の時が過ぎた。
里はなんとか復興し、もとの姿を取り戻しつつある。
母親が、死んだ。
最後は死臭に満ちた部屋で。
最期まで俺の手を離そうとはしなかった。
俺も、母親の好きなようにさせていた。
なんてことはない、病だ。
その気になれば、治すことができるそれ。
だが、それは俺の前世の世界での話だ。
コレラ、それが彼女の命を蝕む病の名称だ。
「最期に、一つだけ教えて」
弱弱しく、けれど答えぬことを許さない母親の声。
彼女の死相の濃い顔を見つめながら、小さくうなずく。
ヒュ、ヒュ、という小さな息音が残り少ない時を刻む寿命の時計音に聞こえた。
「あなたは、何なの」
何者、でも誰、でもない、何、という問い。
どう答えるか、一瞬迷う。
だけど、結局そのままを言うことにした。
「俺は、子供。ただ、前世の記憶を持っているだけの」
今までわざとらしくしていた『子供らしい子供』の演技をやめて、笑うと母親は驚いたように目を見開き、そして笑った。
だけど、手はなにも反応してくれない。
もう、反射的にも動かす力が残されていないのだ。
そして、彼女はため息をつくように深く息を吐き、目を閉じる。
まるで、何かを悟ったように、何かを観念したように、何かに安堵したように。
「そう――、それでも、あなたは私たちの子供。私たちの、愛しい子よ」
わかっている、だから今、俺はこんなにも悲しくて悔しくて不甲斐なくて涙を流しそうになっているんだ。
この世界に『生まれる』前の俺からでは考えられないくらいに俺はこの『母親』に情を移してしまった。
誰とも深くかかわりになるつもりはなかった。
誰にも何も言わないつもりだった。
何も、感情無くただただ静かに二度目の生を終わらせるつもりだったのに。
母親という大事な生命は、俺だけに見守られながら最期の息を吐いた。
肉体から離れた魂はどこへ行ったのか、俺は知ることができない。
活動を停止してしまった肉体は、やがて腐敗し、醜悪な形へ変わってしまうだろう。
そうなってしまう前に――
"それ"の左胸に、両手をつっこむ。
グジュグギュと粘着質な音をたてて、俺の指先が中に埋め込まれていく。
俺の"手"は、心霊医術というもののための優秀な"道具"だ。
前世のころからなぜか使うことができたスキルは、生まれ変わってから初めて使うことになる。
久しぶりのその感触を探って、片手に余る大きさのを、両手で取り出す。
少し乱雑に取り出したから、ぶちぶちと血管が音をたてた。
すでに黒く変色し始めている血液が両手の隙間から漏れるように、滴り落ちる。
血は、俺と母親の服を容赦なく染め上げるが、今はまったく気にならなかった。
摘出、取り出したのは心臓。
それを、一度だけ空にささげるように持ち上げてから
俺の体内に納めた―――。
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怖い怖い!!主人公、そんなの食べないで!!(自分で書いたくせに・・・
ぶっちゃけますと母親のかかった病のコレラの知識はるろ剣で、名前しか知りません