一人と一匹は、のんべんだらりと家主のいない家の一室で、互いにしか聞き取れない会話をしていた。
一人は書に目を通しながら。
一匹は里全体の音を聞きながら。
話し合っている内容は、家主について。
互いに面をつき合わせぬ状態で、とても会話をしているとは思えない態度で、声なき会話があった。


『ウサギは知っているんだろ?あの感覚』
『知ってるし、しっかりと覚えてるわ。シカマルだって覚えてるでしょ、あの感覚』
『あぁ、もう二度と経験したくねぇけどな』
『でも、少なくともあと一回はあれを味わうことになるでしょうね』


今度は一回だけじゃなくて、永遠に。
ウサギはそう一人ごちて、ため息をついた。
ほんとに、もう二度とあんな体験はしたくないのに、そうしなければならないと思うと今からでも寒気がする。
シカマルも思い出したのか、わずかばかり心音が不定期になった、が、すぐに持ち直す。


『たったのそれだけの動揺によく抑えられるわね。アタシはこんなに怖いのに』
『ただそれを思い出すのを放棄しただけだ』
『その感情制御をできるのがすごいって褒めてるの』
『そりゃどーも、俺からすればおめーもすげーよ』
『ありがと』


軽口をたたく。
だけども思い出してしまった感覚はシカマルほど簡単に忘れることはできない。
早く思考を切り替えるためにも、ウサギはさっさと会話を続けることにした。


も、きっと知ってるわ』
『きっと、じゃなくて、絶対、だな』


おぞましい感覚を味わったからこそわかる、雰囲気。
二人は、その感覚を知った後に彼に対面したから、味わう前に気づけたかどうか、わからない。
もしかしたら、普通に出会っていたらわからなかったかもしれない。
だってこんなにも近い立場のナルトが、気づいていなかったみたいだから。


『だけど、だからとこういった関係になったんだけどな、互いに』
『あんたよりアタシのほうが近いわ』


きっぱりと言い切ってふん、と鼻息を荒くする。
シカマルはへーへーと聞き流して、読み終わった書を脇に置いて新しい巻物の紐をといた。


『だけど、は早く、って思ってる』
『俺たちには理解できないけどな。早く死んでしまいたいなんて』
『“死ぬ”って感覚、一瞬だけ感じたアタシたちがこんなにも怖いと感じてるのに、どうしてそんなにも死にたいの・・・?』
『・・・・・・“死”よりも、“生”のほうが怖いんだろ。あいつにとっては』
『――アタシには理解できない。所詮、獣ってことかしらね』


自嘲するウサギに、シカマルはそれは違うだろ、と言葉を飛ばすが、ウサギはわずかに頭を横に振ってそれを止めた。
前足が、額に伸ばされる。
だけど、短い前足は、額にある赤い石にまでは届かなかった。


『アタシ、子供って嫌い』
『・・・・・・・・・』
『声が無駄にでかいし、自分勝手だし、無邪気だから、アタシを殺したから嫌い』


その念波は、まさにウサギの感情を含んでいて、これ以上ない負の感情がこもっていた。
あまり感じたことのない、殺気ともいえるそのオーラに、シカマルがウサギを振り返る。
ウサギはシカマルの身じろぎする音を聞いて、顔をシカマルに向けた。


『アタシはこの里の子供に殺された。四肢を引きちぎられて、額に穴をあけられて、それを口に詰め込まれて、目を潰されて、あんたたちがやる拷問以上のことをされて・・・。すごく怖かった。逃げたかった。痛かった。どんなことしても逃げて生き延びたかった。そのときのことは思い出せなかったけど、その感情だけは覚えてる』


ウサギは目を伏せる。
額の石に揺らめきが見えたような気がシカマルはした。
ウサギは、人間ではない。
だから顔だけ見ても表情を読むことが難しいが、そのしぐさやまとう雰囲気、普段はそれに加えて騒がしいまでの反応で、その感情を表現していた。
今は、それがない。だけど、それが余計にウサギの感情を物語っている。


『そう、生きたかった。とにかく生き延びたかった。恥も外見もなく、ただただ強烈に生きたかった。
本能かもしれない。約束があったのかもしれない。守るべき子供がいたからかもしれない。理由はわからない。覚えてない』
『覚えてない・・・?』
『――この石、もちろんアタシが生き返るときにが入れたものなんだけど・・・。ここにあったんじゃないかなって思う。その記憶が。大切な、“そのとき生きる鮮烈な理由”が』


シカマルは眉を寄せる。
口を開いて、だけど、声は出さない。
そんなことを気遣ったって、どうしようもない。


『だから、わからない』
『ウサギが貪欲に生を望む。だけど、は生を放棄したいと切実に思ってる、か』
『あいつは、常にそう思ってる。時を追うごとに、アタシの耳は良くなってる。――の心の声が聞こえてくるの』


もういい。疲れた。生きたくない。楽になりたい。
だけど死ねない。楽になれない。生きなければならない。それが約束だから。


『約束があるから死ねない。だけどそれが辛い。もう嫌なんだ。・・・だんだん心の声が強くなってる。聞いてるだけでつらくなってる』
『一か八か、だな』
『――――え?』


ウサギはシカマルの考えていることがわからない。
心の声を聞こうと思っても、今のところそれが聞こえるのはのものだけなのだ。
だから、この状態でどうしてそんな言葉が出てくるのか、ウサギにはぜんぜん理解できなかった。
そして、ウサギがシカマルに理由を問いただしても、シカマルはしばらくすればわかると、答えなかった。






負を感じられるなら、正も感じられる、シカマルはただそう思っただけのこと。










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突発的な閑話的お話し合い。
・・・びみょー。