気のせいかまだ体が自分の支配下に戻ってないような感覚を覚えつつも、なんとか金の派閥本部から戻ってくることができた。
だから俺は行きたくないって言ったのに、と愚痴りたくもなったが、視界が回復したときに見たミニスの泣きそうな顔を思い出してしまい、言えずじまい。
ファミィは・・・、なんとなく怖いからあえて視線をやることはしなかった。 もちろん、あからさまにすることはないが。
流石にミニスも悪いと思ったのか、帰り道も俺の様子を見つつ、大人しくしていたので俺は楽だったが。


「お、戻ってきたな、マグナ」
「お兄ちゃん、おかえりー。 どうだった?」


モーリンの家の前でなにかをしゃべっていたのか、トリスとフォルテが俺らの顔を見て笑う。
・・・なんか、平和だ。 俺とミニスは大変な目にあったっていうのに、この被害はなんなんだろう。


「色々と大変だったけど、なんとか大丈夫だったよ」
「これ、お母様と市長さんからって・・・」


サモナイト石と名誉勲章を見せて、使い道を後で考えようと伝える。
ん? とそこでフォルテの持つ袋が目に入る。
中に暖かい食べ物がはいっているのか、蒸気で湿っているのがわかった。


「あぁこれか? 海賊から街を守ってくれたからそのお礼だってよ。 食べるか?」
「ん、食べるー。 おいしそー!」


肉まん、のようなまんじゅうのような、下町独特のおやつのようなものだろうか。
豪快にかぶりつくと、じわりと熱々の汁が口の中に広がる。
思っていた以上の熱に、口をあけてその熱を逃す。


「ん〜〜」
「はは、落ち着け落ち着け。 うまいのも熱々なのもわかるけどな?」
「・・・ん、ん」


まぁ、もちろん俺は一言もそんなことは言ってないが、とりあえず何度もうなづいておく。
ミニスはちゃんと熱を冷ましてから口にいれていたから俺みたいなことにはなっていない。


「あとね、私シオンさんに会ったよ!!」
「え? なんでファナンに?」
「お祭りで2号店出したんだって。 最初のお客だからってご馳走してもらっちゃった」


・・・俺がカミナリを受けている間にずいぶんといい思いをしているらしいトリスの頭をなでる。
まぁ、それでシオンの仲間フラグを回収しているっぽいからそれでいいんだけどな。
その調子でもっと戦力を集めていけばいいさ。


「じゃあ、だいたいファナンでやるべきことは終わったね」
「そろそろ行こうか」


















ガヤガヤと雑多な街から外へ出ると、ずいぶんと周りが静かに感じる。
雑談をしながら、俺はまたなにかを忘れているのではないかという漠然とした思いが浮かび上がった。
それを思い出そうとしても、中々思い出せない。
思い出せないのなら、それほど大切なことじゃないかも、と思ったとき。
隣を歩いていたアメルが何かに気付いたように前方に注意を向けた。


「あ、あっちから来るのってもしかして・・・」


つられるように意識を前へ向けると、小さく見える、全体的に青白く見える男。
・・・なんてことだ。 忘れていたのはレイムのことだったか。
表情には出さないが、焦る。 まったく心構えが出来ていない上に、これから交わされるであろう会話を俺はまったくといっていいほど覚えていない。
大丈夫だとは思うが、とにかく落ち着こう。
男、レイムは、もう俺たちを見つけていた。








「おや、これはこれは。 奇遇ですね、まさか、こんなところで会えるなんて」
「おい、マグナ。 そのにーさんは?」
「ほら、前に話した吟遊詩人のレイムさん」
「レイムと申します。 みなさま、どうぞお見知りおきを・・・」


優雅にお辞儀をする。 少々大げさなあいさつだとは思うが、きっと吟遊詩人というものはそういう人種なのだろう。
さらりと肩を流れる長い銀髪に、少しだけ目を奪われる。
穏やかに、優雅に微笑む彼は、とても悪魔には見えなかった。
ふと、本当は自分の記憶違いではないかという考えが浮かぶが、俺の後ろで警戒している姿を見れば、決してそうではないということがわかる。


「レイムさん、お探しの歌は見つかりましたか?」


そういえば、詩人としてのレイムはそれが目的で旅をしていたのだったか。
歌、か。 そんな不確かなものを探すためだけに危険のあるたびをするなんて、やっぱり吟遊詩人というのは頭のどこかがいかれているのだろう。
レイムはまだ歌は見つかっていません、とゆるやかに笑みを作りながら俺に視線を合わせた。


「三砦都市トライドラの名はご存知ですか?」


マグナの記憶を探る。
砦を三つ保有する騎士たちの国家。
場所柄的に聖王都を外敵から守る壁であり、隣国のデグレアを見張る役目を担う。
・・・? ならば、ルヴァイドたちがこうして聖王都やファナンまで来ているのに、トライドラは一体どうしているのか。
おそらく、規模が小さいとはいえ、軍の動きだ。 ――あぁ、そうか。 だから。


「そのデグレアが、とうとう本格的に戦争を始めるらしいという噂を聞きまして」
「でも、その手の噂は今まで何回もあったぜ?」
「えぇ、そのとおりです。 ですが、気になってしまったので、真偽を確かめにトライドラまで向かう途中なんですよ」
「そうだったんですか」


思考に気をとられているうちに、話はどんどん進んでいく。
レイムはフォルテに変わらない笑顔を向けていた。

   ――どうして・・・なんだろう・・・――

無意識に考えていたことが口に出ていたらしい。
レイムの目がこちらへ向く。 なんですか? とその薄い唇が動く。
深く考えずに、俺は繰り返していた。


「どうして・・・そんな、わざわざ危険なことを?」
「――吟遊詩人というのは、そうした噂の真偽を知りたがってしまうものなのですよ。 それに、まだ危険だと決まったわけではありませんしね」
「なんだい、よーするに、野次馬根性がすごいってことじゃないか」
「ちょっ、モーリン!?」


空気がそちらへいく。
俺は笑ってモーリンをたしなめた。


「ははは・・・。 たしかにお嬢さんのおっしゃるとおりかもしれませんね」
「トリス、マグナ。 いつまで世間話をしているつもりだ?」


ネスティが焦れて表情を険しくする。 その言葉がきっかけとなって、レイムと別れることになった。


「それじゃあ、レイムさん、失礼しますね」
「なにやら雲行きがおかしいようですからお気をつけて。
 ――ひと雨、来るかもそれませんから・・・」


その言葉に、一体どんな意味が込められているのか・・・。

























一行の騒がしい後姿を見送って、きびすを返す。
向かう先は、トライドラ。
数歩、足を進めて、もう一度、振り返る。
そこに、もう誰の姿も、ない。


「 ―― ・・・ まさか。   ねぇ ? 」


小さな小さなつぶやきは、もちろん誰の耳にも届くことはなく。
彼は、一つの名を口に出そうとして、やめる。

 ・・・少し、考えすぎなのでしょう。

そうして、吟遊詩人は竪琴と戯れながら、再び歩き出した。















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ようやく次の舞台へと話が進みます。
個人的にファミィさんのキャラって好きなんですよね。笑顔で人を陥れそうな感じがw
こんなこといったら人格疑われるだろうか・・・(苦笑