死体を相手にすることは流石に隠れてフリーバトルをしている俺でも初めてだ。
剣を振りかぶり、容赦なく斬りつけても死んでいる相手に痛覚なんて感じるわけもなく、そして攻撃に対して防御するわけでもなく、ただひたすらに俺たちの命を狙ってくる死体は、今までにしたことのない、とてもやりにくい相手だった。
生きている敵で決定打な攻撃をしても、死体は少しバランスを崩すくらいで、ひるむことなく襲ってくる。 少しでも油断すると、こちらがやられてしまう。
かといって、この“マグナ”がこれらの手足を切り離すことなんか、実力的にも、キャラ的にもできるわけがなかった。
まだ救いがあるのは、体を切り刻まなくてもある一定以上ダメージを与えれば死体は動かなくなる、ということか。
敵陣に突っ込んだはいいが、相手一人を倒すのに時間がかかる上、数が多すぎる。
「い、いや・・・。 こっち、来ないでよぉ・・・」
その声にハッと気付くと、前衛の隙を突いて一体の死体がミニスに手を伸ばそうとしていた。
近くに助けられる位置にいる仲間はいない。
「・・・ッ!!」
小さく舌打ちしてサモナイト石を取り出そうとしたとき。
「ふせなッ!!」
その言葉でとっさに体勢を低くした。
直後に鳴り響く発砲音。
あまりの音量に、砦のあちこちに響き、音が何重にも聞こえた。
一度にこれだけの死体を動けなくするとは。
これが銃というものの威力か・・・。 と、感心している場合じゃない。
「トリス!!」
「お兄ちゃん! 気をつけて、どこかに死体を操っているのがいるはず!!」
とは言っても・・・、相手にしている中に、それらしき召喚師は見えない。
だが、これだけの数を自分の思うがままに操っているのならば、そう遠くにいるわけではないだろう。
・・・どこにいる?
「ッ、レナードさん! あの柱の影にッ!」
「おうよっ!!」
トリスが指差した先の柱に、指示を受けたレナードが弾丸を撃ち込む。
そして、現れたのは、妙に血の気を感じさせない、気味の悪い男。
気配は感じなかった。 奴の体も生きていないから感じられなかったのだろうか。
にやり、と男は大きく口の端を引き上げ、大きく開いた。
「カーッカッカッカ。 よくわしを見つけたなァ」
「てめぇがこんなことしやがったのか・・・」
フォルテの顔を見なくてもわかる。 彼は、かなり珍しく、本気で怒っている。
それにしても、顔や雰囲気だけじゃなく、笑い方まで気味が悪いな・・・最悪だ。
しかし、これで倒すべき相手がわかり、少しやりやすくなってきた。
いくら数は向こうの方が多いとはいえ、その数を操っているのはたったの一人だ。
奴さえ押さえ込めれば、あとはなんとかなるだろう。
砦の上にいる奴へ近づくルートを探しながら、だがそれとは関係のないあることに、俺は気付いていた。
――見られている。
気配は感じられないが・・・、確かに視線を感じる。
この場面で他に敵は出てきたかと思い出そうとしても、心当たりはない。
なら、ラグか。 と思うも、奴なら俺が気付いたときには切りかかってきているはずだ。
正直奴が隙を伺うとか油断したところを襲撃するとか、頭を使うようには思えない。
・・・それに、敵意はおそらく、ない。
なら、気にせずともよいだろうか。
「いでよ、ブラックラック!!」
間近にどこかで見たことのあるような仮面が現れ、余計な事を考えている暇は、もうないようだった。
赤い石を取り出し、ミョージンを召喚する。
「あの下品な笑い方をする男の術を封じて来い」
小さく命令して、目の前の死体を斬る。
人にしては妙に固く、物にしては妙にやわらかい、慣れぬ感覚に何か思う前に、手首を切り離し、けり倒した。
その瞬間にハサハが炎を生み出し、死体を包む。
俺はそれを見送ることもなく、次の敵へとむかった。
流石は砦というべきか、上に陣取っている奴らはいいが、下から攻めていくにはかなり骨が折れそうだ。
ただでさえ下にいるのは不利なのに、足場が狭く、障害物もあるとなってはうまく武器を捌けず、召喚術も、高さに阻まれて届きにくい。
上から覆いかぶさるように襲い掛かってくる死体を剣でなぎ、そのまま無視して一番上を目指す。
元々作りは複雑ではなかったのか、思っていたよりも早く奴の元へたどり着くことができた。
相対して分かる、薄気味悪い男、ガレアノの異常さ。
「・・・ガレアノッ!!」
斬りかかるも、あっさりと受け流されてしまう。 だが、召喚師らしく力はそれほどないようだった。
加減した攻撃を弾き飛ばせず、わずかにたたらを踏み俺をにらみつけてくる。
・・・バルレルがもうすぐ着く。 だが、その前に聞きたいことがあった。
「お前、ラグを知ってるな?」
「・・・ラグだと?」
以上な顔色の悪さ、体を纏う魔力、気味の悪い言動。
そもそも、こいつらがラグと何も関係がないわけがない。
ずっと気にかかっていた。 俺のまったく知らない、だが、明らかに物語の中枢を担うであろうラグの存在。
「言え。 奴は何だ」
「・・・・・・カカッ!!」
黒い歯茎を見せ、目を見開いてガレアノは笑う。
身構え、警戒するが、奴は何をするでもなく笑うだけだった。
その笑う気味の悪い表情には、先ほどまではなかった愉悦が混じっている。
バルレルが到着し、奴の様子を見て俺に何事かと伺うが、俺にもそれはわからなかった。
ただ、奴が笑い出して、俺は嫌な・・・、とてつもない嫌な何かに、体を動かすことができない。
何か、俺はとんでもない間違いをしてしまったのではないかという気がしてならなかった。
「もう・・・、もうやめてぇ!!!」
ドンッ!!
「・・・ッ!?」
巨大な魔力・・・、今の声はアメルか?
背中を押されたような錯覚がするほどの魔力。
隣を見れば、バルレルがものすごく具合が悪そうにしている。
「・・・おまえ、こんなところで悪魔らしさを発揮しなくても・・・」
「うっせぇ、だまりやがれッ!!」
下手すると浄化されそうだけど大丈夫か?
まぁ、バルレルは悪霊じゃなくて悪魔だから成仏して消えるなんてことはないだろうが。
それにしても、さすがはアメル、天使の光、か。
「こ、この力、この光は!!? そうか、おまえがあの方の求める・・・」
「くたばっちまいなァガレアノ!!」
連射された弾丸の勢いで、ガレアノの体は宙を浮く。
落ちる瞬間、奴はこっちを見てまた、哂ったような気がした。
光が収まり、崩れ落ちるアメル。
全員がアメルの元へ行き、その身の心配と、今起こったことへの疑問、落ちたガレアノの行方に気を取られる。
腹の中が空っぽになるまで空気を吐き出した。
「・・・バルレル、大丈夫か」
「ハッ、テメェのほうこそぶったおれそーになってンぜ」
「・・・・・・お兄ちゃんたち、これ」
ハサハが差し出してくれたキッカの実を口にいれる。
結局、ガレアノからはラグの情報を得ることができなかった。
わかったのは、奴らとラグはなにかしらのつながりがあるらしいということだけ。
・・・収穫はなしだ。
むしろガレアノに情報を与えてしまったようか気がしてならないんだが、今気にしてもしょうがないと割り切ることにする。
とりあえず、今はファナンに戻るべきだ。
ようやく立て直したらしい仲間たちを見ながら、ゆっくりと剣を握っていた手の力を抜いた。
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実は私のほうがぶっ倒れそうになってるのは秘密。