すこし開けたところに見つけたのは、一件のそれほど大きくはない、家だった。
見上げれば、たしかに煙突から煙が出ている。
人がすんでいるのは間違いなさそうだった。
「あれ・・・、召喚獣・・・?」
視界の端にふよふよと浮く丸っぽいものを見つけて思わず口に出す。
本の中で見たことのある召喚獣だった。
確かは名前は、ペコだったような気がする。
「もしかして、ここには召喚師が住んでいるのか?」
俺たちに気付いた召喚獣はあわてた様子で家の中へ戻っていく。
こちらは大人数で、しかも武器を携帯し、いきなり現れたのだからしょうがないだろう。
いくらなんでも、こんな森の奥ではわざわざ尋ねにくる人なんてそういないだろうし、立派な不審者だ。
ただの冒険者としても、危害を加えないともかぎらない。
ペコを呼び止めようとしているトリスを見ながら、家の中の気配を探る。
あわただしく動く人の気配と、複数のペコ。
それが、一度ぴたりと止まって。
「あのー、すみません」
魔力の流れ。
嫌な予感。
「アフラーンの一族が古き盟約によりて今、命じる・・・」
ようやく中の魔力の本流に気付いたトリスの腕をつかんで引き寄せる。
出来る限り、ドアの前から離れる。 が、一歩後に引いたところで最後の言葉が放たれた。
「来たれ!!」
少女の声に反応するように、召喚の光が現れる。
光の後に現れたのは、五本の形状の違う剣。
「うわわっ!!」
たたらをふんで、だがなんとか直撃はまぬがれた。
さっきまでいたところには、五本の剣が突き刺さっている。
もしあそこからトリスを助け出せなければ、と想像してじまって血の気が引いた。
「ウソ・・・はずれた!?」
「いきなりなにするのよ!? 危ないじゃない!!」
すぐに立ち直ったトリスが出てきた少女にくってかかるが、少女の方も負けなかった。
グッと俺たちのほうをにらみつけて、口を開く。
「お、お黙りなさいっ! 悪魔の手先のくせに!!」
「は、はぁ? あくま?」
少女の言っている意味はよくわからないが、興奮しているのか、こっちの言うこともまったく聞かずにまた次の詠唱に移ってしまった。
同時に、どこにどうやって隠れていたのか、たくさんのペコたちが現れてこちらを威嚇する。
とはいっても、丸いフォルム、額にハート型の模様のある愛嬌のある召喚獣にそれほど威圧感はないが。
アメルが諦めずに叫ぶ。
「誤解ですッ! あたしたちはそんなことしに来たんじゃ・・・」
「来たれ!!」
少女の詠唱が、戦闘開始の合図となる。
とにかく、彼女の召喚術だけに注意しておけば、致命傷になることはないだろうと考え、走る。
目標は、もちろん召喚師の少女だ。
ビリビリッ
「っぁ!?」
突如襲ってきた電流に近くのペコらしき召喚獣を見ると、そこにいた丸いフォルムと目が合う。
おどおどとしながらも、精一杯の召雷を再びしようとしている。
さすがにそのまま当たるわけにはいかないが、体がぴりぴりと痺れて足がうまく動かない。
もう一度食らうか、と覚悟したところで、横から小刀がとんできた。
動揺したのか、バチバチといっていた雷の気配が消えた。
その隙になんとかその場から離れ、今こちらに注意が向いていない少女に向かう。
背後においてきた召喚獣の必死な鳴き声に、少女がこっちを向いて俺に気付くが、遅かった。
距離を縮めれば少女もナイフを構えて後じさるが、元々召喚師というのは近距離の戦闘をするように訓練されていない。
剣のつかで首の後ろに一撃入れてやれば、ぐったりと力を失い倒れた。
その体をかかえてやれば、やはり細くて軽い、それにやわらかくしてかかえる俺のほうが不安を感じてしまった。
少女が倒れたことに気付いたペコたちが一斉に集まってきて、俺を取り囲み威嚇する。
再度言うが、威圧感はそれほどない。
それでも眉を寄せて笑い、ペコたちに聞く。 言葉が通じるかはわからないが、少なくても敵意を抱いていないことを伝えなければならない。 もしかしたらもう遅いかもしれないが。
「気絶させただけだから、すぐに目を覚ますよ。 俺は君たちに危害は加えない」
ペコたちは疑うように俺を見て、俺も他も動かないのを確認して、しばらく無言のやり取りをすると、先ほど俺に雷撃を食らわせた召喚獣が俺の前に出て、一声鳴くと、家の中へ入っていった。
そのとたん、あちこちでため息が聞こえた。
誰もが、この戦闘に乗り気ではなかったのだ。
トリスやケイナに少女の看病を任せ、男は近くに村や、手がかりはないか探すが、いくら探しても見つからなかった。
日も傾いてきたので、家に戻ると、すでに俺たちを攻撃していた少女は目を覚ましていて、トリスたちから説明を受けているところだった。
先ほどのことなどすっかり忘れてしまったような気の抜けた態度に思わずこちらが脱力してしまう。
どうやら、全てが勘違いだったらしい。
「だって、ここに旅人が来るなんてこと、今までに一度もなかったもの。 だからてっきり・・・」
私、こんなにたくさんの人を見るの初めて、と未だ不思議そうにしている少女は、ルウという。
彼女に嘘をついている様子はまったくない。
アメルが顔色を悪くする。
だが、それに気付かないふりをして、俺はルウに疑問を投げかけた。
「俺たち、アメルのおじいさんに聞いた村を探してきたんだけどルウ、君は知らないか?」
「村? うーん、この森のまわりには結界がはってあるから、人は住んでないと思うんだけど・・・」
「結界? この森には何かあるというのか?」
「あれ、君たち知らないの? この森はアルミネスの森と呼ばれているのよ」
――ネスティの顔がこわばる。
「ちょっと待ってください!!」
アメルが耐え切れないというふうに叫んだ。
その場にいた全員がアメルを見るが、アメルはそんなことも気にできず、ただルウをみた。
「ねぇ、ルウさん? それだと森の奥には人が住んでないってことですよね?」
ルウはその疑問を肯定する。
「それがもし本当なら、あたしの・・・あたしのおばあさんが暮らしている村はどこにあるの? おじいさんの言っていたのは嘘だったの!?」
「アメル、ま、まだそうと決まったわけじゃ・・・」
「気休めはよして!!」
トリスの気遣いの言葉をさえぎるアメルに普段の穏やかな表情や雰囲気はどこにもない。
彼女は、完全に、追い詰められていた。
「おかしいと思ってた。 だっておじいさん、どんなに聞いても村の名前もおばあさんの名前だって教えてくれなかった。 ――会いたいって言ってもおばあさんのところに連れてってくれなかった!!」
そんな村、あるわけがない。
アメルには、最初からその存在がないのだから。
「私の・・・、私の信じてきたものってなんだったのよぉ!!」
泣き崩れるアメルにトリスとケイナが駆け寄る。
小さく息を吐いて、普通の人間だったらここで壊れるのだろうかと考えた。
物心ついたころから住んでいた村をなくし、目の前で家族をなくし、この先目指すべき未来は見つからず、そして、一番信頼している家族に教えられた過去すら偽りだと判明し・・・。
自分の存在の不確かさに、どれだけのショックを受けるのか。
――はて、俺、朔夜はまったく過去などを気にしたことはなかったが。
今必要でなければ、気にすることもないだろうに。
back/
next
それにしてもアメルは本当に不幸な少女ですよね。
生まれというか、境遇がああだからしかたないといえばそうなのでしょうか・・・。
性格は好きじゃないんですけど、なんだかなぁって感じになります。