ずっとずっと昔、リィンバウムは異世界から来る敵たちに侵略されていた時代から、ルウの話は始まる。
人間は脆弱で、強大な敵になすすべもなく滅びそうになっていた。
機械兵士のような鉄の体をもつわけではなく、獣のような身体能力もなく、鬼や竜のような特殊能力もなく、天使と悪魔のような魔力もない。
人間たちが滅びるのは、そう遠くない出来事かと思われた。
だが、異世界から来るのは敵だけではなかった。
人間の見方となってくれる、対等な友として力を貸してくれた者もいた。
――そうして、人間とその見方は、異世界からの侵略者をしりぞけ、リィンバウムには平和が戻った。


「と、おさまればよかったのにな」


ある一族が作り出し広めた技術――召喚術――が、物語をそこで終わらせなかった。
トリスが心底不思議そうにルウに疑問を投げかける。


「どうして?」
「召喚術は誓約によって対象に命令を与えて支配するものでしょう」
「・・・あっ!?」
「力を貸してくれた鬼神や天使は、自分たちのいた世界に帰っていってしまった」
「まぁ、そうなるわな」


強制的に命令を従えようとする者を、好んで助けようとするのはそういない。
召喚術は、ささいなきっかけにすぎないだろうとは思う。
そんなきっかけがなくても、俺はいつかは人間は見捨てられていたとは思う。 人間ほど不相応に、強欲で身勝手な生物はいないだろう。


「彼らの助力をなくした人間たちを、悪魔たちが見逃すはずがない」


一人の大悪魔が、軍を引き連れてリィンバウムを攻めてくる。
俺は、ルウの話す昔話を聞きながら、妙な感覚に神経を尖らせていた。
胸の奥と、何かがぐずぐずとくすぐられるような、もどかしく、いてもたってもいられないような、焦燥感。
意識しなければ、まったく気付かないであろうその感覚は、無視するわけにはいかなかった。 いや、そうすることができなかった。
たぶん、このうずきは森の奥にあるものに対して、反応しているんだろう。
そこにあるものは、知っている。 “”の知識が、そこが『最後の場所』だと告げている。
結界を通してでさえ、わずかに感じるその存在感は、俺の予想しているものだろうか。


「――マグナ」


誰にも聞かれないように、声には出さずに口にする。
胸の奥、未だこの体の主は眠り続けている。
まだ傷は癒えていないのか、それとも他に何か原因があるのか・・・。
問いかけても、彼は応えない。


「僕は反対だ」


ネスティの声に顔を上げると、彼はトリスをまっすぐ見て険しい顔をしていた。
トリスは、おどろいた顔をして、どうして、とネスティに聞くが、彼はかたくなに拒んで森を調査することに反対し続けた。


「この森は危険だ!!」
「でも、それじゃあアメルはどうするのよ!」
「それは・・・」


確かに、この森は危険だ。 今まであってきた危機なんて目じゃないレベルで。
この森に封印されているという悪魔の恐ろしさ、禁忌の森の意味を知らないトリスに、ネスティは全てをここで言ってしまうことはできない。
しまいにいは、俺にまでトリスを説得させようとしたが、それも失敗に終わった。


「――好きにするがいいさ」


苦々しいネスティの声は、不安に揺れている。




















静か過ぎる森に入ると、奥がざわりと揺れた気がした。
森にいる全ての生物が、息をひそめ、緊張して事のなりゆきを見ている。
そんなこと、意識しないとわからないから、トリスは気楽にあたりを見回しているが。
明らかに疲れた顔をしているアメルは、パーティの後ろのほうで、ゆっくりと足を進めている。
その歩調が、わずかに変わったのに気付くのは、たぶん、俺だけだった。


「――? 何か、音が聞こえない?」
「そうか? 別になにも聞こえねえぞ」
「ちょっと?! あんたまさかこんなにうるさい音が聞こえないわけ?」


大きくなっていく音に、パニックになる。
魔力の共鳴。 結界が、何かに反応していた。
バルレルが叫ぶ。


「!? 早くそのオンナを止めろォッ!?」
「知ってる・・・私、この森を・・・知ってる!」


何かが割れる音がした。
この森の結界が、壊れた音。
そして、結界が壊れた、と、いうことは・・・。


「グオオオォォッ」


これが、悪魔・・・。


「ヨクも・・・。 ヨクも我ラをッ コノ地に縛り続けタナアァァァッ!?」


呪いの叫びが、静か過ぎた森の空気を震わす。



















――この時を待っていた。







back/next

雲行きが少しおかしくなってきました。
それにしても悪魔の台詞がうちにくいです・・・。