ソイツの行動は、早かった。
森の封印が壊され、出てきた出来損ないの悪魔たちを相手にもせず、まるでそれが最初からそうなることが決まっていたかのように迷いなく遠ざかっていく背中は、すぐに襲い掛かってくる対処のためにそれどころじゃなくなった。
剣をよけ、かえりうちにしてやりながらも、オレの中は荒れた。
「お兄ちゃん!?」
オレの隣で叫ぶ子狐の声に舌打ちする。
奴を追いかけようとして、出来損ないに道を阻まれた自分たち。
無意識にでも・・・、いや、無意識だからこそ、オレと子狐が奴を信頼、というか、まさか奴が一人どこかへ去っていくとは思いもしなかったということに、動揺した。
そのとき、自分を置いていきやがった、と裏切られた気持ちになったのは、子狐も同じだろう。
「・・・胸糞わりィ!!」
鬱憤をはらすために容赦なく出来損ないを吹き飛ばしても、それで気分が晴れることはなかった。
イライラする。
こういうときの対処は、知っている。 目一杯暴れるか、目一杯女を抱くに限る。 精も魂も尽き果てるまでいけば、このイライラもその原因のことも、どうでもよくなるはずだ。
持っていた槍を投げ捨てる。 もしかしたらそこら辺にいた何かに当たったかもしれないが、今はどうでもいい。
バキバキと指を鳴らし、一番近くにいた自分よりもでかい出来損ないに標準を合わせた。
「テメェラ・・・」
自分の口から出る自分の声は、自分で思っていたよりも低かった。
今は、それもどうでもいい。 ただ、暴れたかった。
――それから、どのくらいの時間が経ったのか。
時間の感覚は、怒りでとっくに吹き飛んでいた。
夢中で、ただ目の前の出来損ないを壊して回っていたら、周りで動けるのは子狐だけとなっていることに気付く。
あたりに漂うのは血臭などではなく、まとわりつくような油のニオイ。
体に付着したヘドロが、気持ち悪い。
「おい、ガキ」
ニオイに顔をしかめつつ呼びかければ、子狐は無言でこちらを見上げる。
小さな手にあった小刀は、黒っぽいなにかの液体を纏っていた。
ガキのくせにいっちょ前に覚悟だけは決めているらしい。 だが、実力がその覚悟に見合っていない。 邪魔なだけだ。
「テメェはすっこんでろ」
「・・・・・・いや」
間があったものの、迷いのないまっすぐな目で拒否し、元々気の長くもなくやさしくもないオレはだったら勝手にしろと言い捨てて、森の奥へ向かった。
奴い何の考えがあるのかどうかも知らないし、そのことに興味もないが、このオレをおとりに使おうなんていい度胸だ。
うっすらと空気のよどんでいる中をつっきり、どこにいるかもわからない奴の姿を探す。
禁忌の森、と言ったか。 確かにそう呼ばれるだけの大層なモンがこの森に封印されているっぽいが、このオレが、そんなものを恐れる必要はない。
理由は森に満ちているのが、サプレスの魔力だということ。 それだけで十分だった。
そんなことより、をシメることの重要性のほうが断然に高い。
魔力に影響された木々をよけ、奥へ奥へと向かう。 なんとなくだが、確信があった。 は、この森に封印されているモンに用があったのだ、と。
森の奥、その魔力の元へ着いた時、そこにあったモンにオレと勝手にオレのあとをついてきていた子狐は足を止め、息を呑んだ。
「ああ、ようやく見つけました!! お二人とも、怪我はないですか?」
懐かしい着物を着た女の人が、私たちに声をかける。
バルレルくんは、見知らぬ女の人をいぶかしげな目で見ていたけど、私は同じシルターンの出身の人だとわかったからその問いに答えることができた。
「それはほんとうによかった・・・。 あ、私はカイナといいます。 トリスさんたちに頼まれてマグナさんという方を探していたのですけれど・・・、あの、彼はどこに?」
見回しても、彼の姿は見えない。
お兄ちゃんは、私たちを置いてどこかへ行ってしまった。 無事だとは思っているけど、姿が見えない不安は付きまとう。
そして、トリスという名前を聞いて、そういえばこの後“仲間”たちにどう言い訳をしたらいいのだろうかという疑問に気がついた。
事実をありのままに話すことはできなさそうだった。 きっと、あとでお兄ちゃんがものすごく困るってことだけは困る。
しかも、私は元々しゃべったりすることが苦手だし、バルレルくんはそもそも説明する気もないみたい。
「お兄ちゃん、はぐれちゃった・・・」
必死で考えて、なんとか口に出せたのは、この場を見たら分かる、その一言だけ。
それでも、お姉ちゃんはしゃべれない何かに気を使ってくれたのか、頷いて、やさしく頭を撫でてくれた。
違う、今、私が欲しいのは、この手じゃなくて、もっと、別の・・・。
彼女に話していないのが原因の居心地の悪さを感じながら、促されるままに、森の外へ向かった。
こっそりと森の奥の方向を振り返って見ても、お兄ちゃんの姿は、見えない。
「マグナがいなくなった!?」
その知らせを受けたフォルテはおどろく言葉とは裏腹に、頭の中で冷静な働きをしていた。
今の状況で、人がいなくなったとすると、生きていない可能性のほうが高く、もし生きていたとしても、結界の中に悪魔たちと閉じ込められているだろう、と。
すなわち、彼とはもう二度と会えない、ということだ。
このパーティーを組んで初めての別れの形がこんなことになるなんて、という気持ちと、まだ彼の姿が見つかっていない!という気持ちが湧き上がる。
「落ち着くんだ。 まぁ、慌てる気持ちはわからなくもないが、とりあえずただこうしていたってしかたがない」
するりと口が動いたのに、一番驚いたのはもしかしたらフォルテ自身だったのかもしれない。
だが、そのことを回りに察せられないよう、フォルテは意識して口の端を上げ、あえて気楽に能天気を振舞った。
「何人かに分かれて森の周りを探索しよーぜ。 もしかしたら、そこらで迷子になってるかもしんねーしな」
「でも、お兄ちゃん・・・」
不安がるトリスと顔色の悪いネスティを見やって、この二人はここで待機させておいたほうがいいだろうな、と判断する。
ケイナにまかせておけば、じきに平静を取り戻すだろう。
不安が、胸の内を占めていく。
僕は、それをできるかぎり外へ出さないようにしながら、森の周りを見て回った。
彼の姿を、僕が見逃すはずはないのに、見つからないということは、ここにはいないということなのか・・・。
もし森の中の結界に閉じ込められているとしたら、僕はどうすればいいんだろう。
考え込んでいるうちに止まってしまった自分の足に気がついて、ハッとまた足を動かす。
今は考えるときじゃなく、動くときだと自分に言い聞かせて、思考を放棄した。
これ以上マスターを、悲しませるわけにはいかない。
見つけたのは、赤い機械兵士。
少し傷を負ってはいるものの、彼は常と変わらない気の抜けたような笑みを浮かべて道に迷っていたんだ、と言った。
本当に一人で困ってたよ、と軽い口調で言って、寝室に着くと同時にベッドの上に倒れこみそのまま眠りについた。
あまりの疲労に、いない間どんなことが起こっていたのか、どうしていたのか説明できる時間はなく、だがそれも一人で悪魔たちから逃げてきたのだと考えれば無理はなかった。
もし何があったのかと聞かれても、彼は「疲れたから今はとにかく寝かせてくれ」といって、答えなかっただろう。
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色々な意味で難産でした。