扉の外で誰かが騒いでいるのが聞こえる。 目を開けると、見慣れない木目の天井が見えた。
顔を横に向けると、ハサハがおずおずと俺の様子をうかがっている。
そんな警戒されるようなことをしただろうかと頭をひねって、そういえば自分の行動は誤解を招くなと説明を忘れていたことに気付いた。
それは不信に思われてもしょうがないだろう。 いくら信頼をしている相手だとしても、不信感は芽生える。
そういえば、もう一人の子供の姿が見えない。 どこにいるのだろう。


「・・・おにーちゃん?」


俺の顔を覗き込むハサハの瞳が揺れていた。 いっそこぼれ落ちてもおかしくないほどに水の膜がはっている。
落ち着かせるようにゆっくりと頭に手をやって、軽くなぜる。
あまり乱暴に扱うと、それだけで泣き出しそうな気がした。
上半身を起こし、とりあえず周りを見回す。
ここはどうやらルゥの家の中のようだった。 


「ハサハ、あとで事情は説明する」


そういって、部屋の扉を開けると、そこではやっぱりカイナがケイナの正体――行方知れずだった姉らしい――に気付き、感極まって抱きつき、記憶のないケイナはあわあわしてパニックになっていた。
どゆこと?とつぶやいたのは、複雑な顔をしたフォルテだ。














フォルテが少し前まで俺が寝ていた部屋で今のケイナの状態、つまりは記憶喪失状態だということをケイナに説明している間、俺ははぐれていたときにどうしていたのかのを説明することになった。
とは言っても、話せることは少ない。


「悪魔たちと戦いながら逃げているうちに、いつの間にかハサハとバルレルとはぐれちゃったんだよ。 気付いたら方向感覚がなくなっちゃって、がむしゃらに森を進んでたら外に出れたんだよ」


慣れてない森の中の道なき道に、進んでいるのか戻っているのかわからなかったと言うと、それではしょうがない、と納得してくれた。
ハサハとバルレルは、部屋の一番端で俺のことをジッと見てくるが、今説明ができるわけがないのはわかっているだろう、口を開く様子はない。
俺の言い訳が予想通りだったのか、ネスティは頭を抱えながら小言を言ってくる。


「まったく君は・・・。 運良く戻ってこれたからいいものの、もし結界の中に閉じ込められていたらどうなるのかわかっているのか!?」
「あはは。 ごめんなさい」


まぁ、まず悪魔の大群に囲まれて殺されてるだろうな。 そんな事態にはならないだろうが。
なんとかネスティに謝り倒して落ち着いてもらうと、しばらくケイナ、カイナ、そしてフォルテが奥から出てきた。
姉妹は複雑な顔をして、お互いの顔をちらちらと見合っている。
姉妹・・・血の、つながりか・・・。
マグナのことといい、双子とアメルのことといい、俺は前から思っていることだが・・・。 それは、そんなにも強く人にお作用するものなのだろうか。
心のよりどころとなったり、再開してこんな顔をさせるほど、強い結びつきを、俺は今までに一度も感じたことはない。

俺の世界にいたはずの、唯一であるはずの両親の顔でさえ、今の俺にはほとんど思い出せない。

きっと、俺は最初から人としてどこか壊れているのだろう。
それとも、生まれたときに大切なものが欠けているのか・・・。 俺にとっては、どちらでもどうでもいいことなのだけれども。


「カイナ。 君はこの人たちと一緒に行きなよ」


二人の様子を見て考え事をしていたエルジンは、考えがまとまったのか、気楽な声で結構重要な事を言った。
室内がエルジンの突然の提案に戸惑う。


「え、でも・・・」
「調査のことなら大丈夫だよ。 二人でなんとかなる」


エルジンの調査のことはまだ聞いてないが、おそらく原作と同じ、原因不明の召喚師行方不明事件の件だろう。
未だに世間では公表されていないが、ずいぶん前に、蒼の派閥の召喚師の何人かが行方不明になったと聞いたことがある。
だが、今そのことは特に重要なことではなかった。
マグナは調査のことをまだ聞いていないので、首を傾げつつ、エルジンの顔を見る。


「せっかく再会できたんだ。 エルジンもこういってるんだし、しばらく一緒にいてもいーんじゃないか?」


そのほうが記憶が戻るきっかけができるかもしれない。 危険な旅になることはわかっているが、エルゴの守護者のカイナなら大丈夫だろう、と珍しくネスティが饒舌にしゃべる。
カイナを頷かせたのは、やはり姉のケイナの一言だった。








エルジンたひと別れ、俺たちもルゥの家を出る。
次の目的地は、トライドラ三砦の一つ、ローウェン砦だ。


「でも本とに大丈夫なのか?」
「大丈夫だって!! いきなり攻撃されるってことはねーからよ」


なぜかフォルテの知り合いがそこの砦のリーダー的な立場にいるらしい。 一介の冒険者が知り合えるような人では、普通ではなく、パーティの中にはそれを疑っているのもいた。
もちろん、本気で疑うのはいない。 ちょっとホラ吹いてるんじゃないか?程度のものだ。


「それにしても、また偉い人と知り合いなんだね」
「知り合いっつーか、幼馴染みっつうーか。 同じ剣の師匠だったからな」
「ほお。 もしかして君は騎士の家だったのか」


ネスティが気付く。 どういうことかとトリスが聞くと、ネスティはトライドラの道場がどういう扱いをされているのか、ざっと話した。
選ばれた騎士の貴族の家の者が行くこと。 ときには王家の者の指南をすることもあること。 だからネスティがフォルテを騎士の家のものだと思ったのは無理はないが・・・。


「ウッソだぁ〜」


どう考えたって、フォルテにかたっ苦しそうな騎士という仕事が勤まるわけがない。
トリスが、だから家出して冒険者になったの? と無邪気に問われ、フォルテの額に汗が浮いた。
珍しい光景だ。
どうなるかと内心楽しみながらその様子を見ていると。


「ん?」


遠くに見えた建物。
あれがローウェン砦か。 と目を凝らすと、異変に気付いた。


「みんな! あれを見て!!」


声を荒げる。
指差した先に、巨大な砦から煙が上がっている。


「まさか・・・」
「襲撃を受けている!?」


少なくとも、焚き火をしているわけじゃなさそうだ。
驚きつつも、向かう足を速めた。







さすがに正面から姿を見せるわけにもいかず、物陰にかくれて様子を伺うことにする。
砦を攻撃しているのは、見覚えのある、黒の鎧を身に纏った集団だった。
黒の旅団だ。
俺は、そのことを知っていたから驚きはしなかったが、黒の旅団の標的が聖女アメルだと思い込んでいたパーティはなぜここに奴らがいるのかと驚いている。
だが、すぐに黒の旅団はデグレアの者だということを思い出したのか、それともそんなことはどうでもいいのか、静かに様子を見ることに集中しだした。
約一人、冷静になりきれないものもいたが、今すぐ動くことはない。
砦はすでに取り囲まれているようだ。 あとは全滅を待つだけというところか。
ここまできてどちらも動かず、モクモクとあがる炎と煙が逆に不気味に見えた。


「我はルヴァイド!! この砦の騎士団長に告ぐ!!!」


突然、大きな声が上がる。
聞き覚えのある声の主は、旅団の先頭に立ち、決闘を申し込んでいた。
それを聞いたネスティが、苦々しく顔を歪める。


「罠だ・・・。 奴らが見逃すなんてこと、あるハズがない!」
「あぁ。 だが、アイツはそれがわかっていても・・・」
「あ!?」


門が開き、一人の白い鎧を纏った男が姿を現す。
彼が、フォルテの幼馴染みであり、この砦の体調である、シャムロックだった。
どこまでもまっすぐにルヴァイドねめつける彼が、堂々と口を開いた。


「貴殿の言ったこと、真であろうな?」
「ああ、約束を違えることはしない」


シャムロックは構える。 それが、ルヴァイドの決闘を受けるという答えだった。


「それがわかっててものっちまう甘いヤローなんだよ!! シャムロックは!!」


いっそ血を吐いたほうが楽なのではないか、フォルテは歯を食いしばった。
決闘に負けるにしろ勝つにしろ、シャムロックの死は決まっていた。 それをどうにもできない自分のことが許せないのだろう。
だが、そんなこと知ったことではない。


「フォルテ、わかってるだろうけど、今行くのは俺でも許さないんだからね」
「・・・わかってる」


あえて静かに言うと、フォルテはとりあえず落ち着くことができたのか、大きく息を吐いた。
それでも外さない視線の先で、すでに二人の決闘は始まっていた。











剣がぶつかり合う音が離れたここまで聞こえてくる。
それはそのまま二人の決闘の激しさを示していた。
おそらく、一瞬で勝負は決まる。
そんなぎりぎりの決闘から、目が離せないのは当然のことだった。
そして、そのことによって、ある異変に気付くことが遅れたのも、当然のことだったのだろう。


「――っ!? 獣の、ニオイ」


最初に気付いたのはレシィだった。
同族のニオイと気配に、砦の上を見上げ、トリスにそれを伝えようとする。 が、全ては残酷なストーリーのままに進む。
聞くに堪えない男の悲鳴が、あたりに乱入者の存在を知らせた。











back/next
更新が遅くなってすみませんでした。
だいぶ内容に自信がないのは秘密です。