ざわめきがあたりを支配する。
レシィが指した先に姿を現したのは、一人の小さな子供だった。
ゆらりと砦の上に立ち、ニヤニヤと人を見下す様は、まんまクソ生意気なガキだ。
だが、奴をとりまく魔力と、遅れて姿を現した血塗れた獣たちが、ただのガキではないことを存分に示していた。
「な、ビーニャ!?」
ルヴァイドが奴の名を呼び、わかっていたが俺は体に力がこもることを感じていた。
呼び声に応えるように、ビーニャは笑みをさらに深くし、獣が口にくわえていた何かを砦の上からシャムロックの立っていた場所の近くに放る。
あたりが静まり返る。
ベチャ
濡れた音がここまで聞こえたような気がした。
シャムロック、そして、ルヴァイドまでもが固まる。
「な、なんて・・・コトを・・・」
ビーニャが何を落としたか、興味はないが、予想はつく。
シャムロックが怒り狂っているのを、このまま様子見しているつもりはもうなかった。
フォルテももう我慢の限界だというようにあらあらしく武器を構え立ち上がった。
「マグナ、俺はもう行くぜ!!」
「うん、これ以上ビーニャの好き勝手させるわけにはいかない!」
フォルテはそのままシャムロックのところへ走る。
それを後ろで追いかける。 あたりを見回す。 少しずつ、パーティから離れる。
トリスから離れるのは少し不安が残るが、さっさと片付けてしまおう。
急いで砦の裏に回りこみ、中に入り込む。
内部の通路に入ると、むっとした血臭が鼻についた。 それになんとなく湿っている。
何度か獣と遭遇はするが、誰一人として生きている人間に出会えることはなかった。
兵士だけではなく、子供や女も無残な姿をさらしていた。
獣の身体能力に、逃げることも隠れることもできず、ほぼ無抵抗で奇襲を受けてしまったのだろう。
何匹か獣の血らしき痕はあったが、それはほんとうにわずかなものだった。 人間のものに比べれば。
「うぅ・・・」
うめき声が聞こえた。 見るともうすぐ肉塊にとなるものが転がっている。
先に進む。
後ろでは、濡れた音と、何かを祈るようなハサハの小さな声が聞こえた。
ようやく外へ出る。
ここからはどれだけ早くビーニャのところにいけるかだ。
あまりモタモタしていると、獣に気付かれて囲まれる。
片手に剣を、片手に赤い石を。
声も、合図もなく、疾走。
フォルテさんがシャムロックさんの元へ着いたとき、僕はすでにマグナさんが近くにいないことに気付いていました。
戦いのニオイで嗅覚が使えなくなっても、マグナさんたちの音が少しずつ離れていくのを僕は聞いていたからです。
ご主人様は、そのことに気付いてはいなかったみたいです。 だけど、僕はあえてそのことをご主人様に知らせることはしませんでした。
理由は簡単です。 彼は、今までに何度も別行動をいつの間にかとって、そして何事もなかったかのように合流していたことが、過去にあったからです。
そして、何をしていたのかまでは僕にはわかりませんが、それによって、おそらく僕らは何度も助けられていることに、僕は気付いています。
事実、僕らから離れた彼の気配は、そのまま砦の中へと向かっています。 それ以上のことは、さすがにわかりません。
「キャハハハハハ!! みーんな死んじゃえー!!」
少女の声が。あたりに響き渡ります。
思わず耳をふさぎそうになりますが、戦いの場でそれが出来るはずもなく、顔をゆがめるだけにとどめます。
「あのやろう・・・、ぜってぇ許さねぇ!!」
普段聞くことのない、怒りに満ちたフォルテさんが叫び、僕は近づいてくる同郷の獣たちとキバや爪を合わせます。
まさかこんな風に、彼らと戦うことになるとは思いませんでした。 僕は、元いた世界では決して戦わず、逃げ回ることしかしませんでしたし。
だけど、今は逃げるわけにはいきません。
近くで召喚の光が発生します。
以前なら、一も二もなく飛びのいていましたが、僕はそこにあえて突っ込みました。
僕は、守るべき対象があるのです。 だから、もう逃げるわけにはいきません。
「キャハハハハハ!! 無駄だよ〜!!」
そんな小さな体でよくもそんな大きな声が出せるなと少し呆れながら、俺はすばやくそこへ回り込む。
俺に気付いたビーニャの周りにいた召喚獣たちは、後ろにいたバルレルとハサハによって切り刻まれた。
体をこの世界に残すことなく光に包まれるそれらを見送る時間があるはずもなく俺はただ標的だけを見ていた。
「っ!? ・・・へぇ〜、オモシロイのもいるじゃない」
ビーニャが俺に気付いた。 だが、俺の剣はまだ届かない位置にある。
手に持っている意思が発光するのを見た。 召喚術が発動する前に、俺の召喚術が発動する。
「ミョージン」
半分卵の殻に入った鬼の子がビーニャの背後に現れる。
ビーニャがそれに気付き、それに反応するが、それは間に合わない。
丸っこいボディで思いっきりビーニャに体当たりする。 見事にバックアタックが入った。
「ガッ!!」
ビーニャが体制を崩し、喉をおさえ、ミョージンはそのまま逃げるように俺の元へ戻る。
ミョージンには特殊能力がある。 ある意思の元、対象に触れると召喚術を封印するという、沈黙攻撃だ。
今、おそらくビーニャは一時的にだが、召喚術を使えない状態にある。 この好機を逃すわけにはいかない。
一気に距離をつめ、下からすくいあげるように切り上げる。
「チィッ!!」
感触はあった。 だが浅い。
そのまま上げた剣を振り下ろそうと柄をグッと握りなおしたとき。
「キャハハハハハ!!」
「っ!?」
突然現れた五本の剣。 その刀身は、暗闇を纏っていた。
それが、ゆっくりと俺に向かって・・・。
暗い光が俺を包む。
・・・わき腹、左足、背中。 それから、最悪なことに持っていた剣が折れた。
「・・・沈黙、効いてなかったのか」
「キャハ! アンタはあいつらの仲間ぁ?」
まぁ、どーでもいーけど。 とビーニャは笑みを深め、仕込んでいたナイフを取り出した。
それで戦うというよりは、距離を置き、光はじめているサモナイト石の召喚術で攻撃するつもりだろう。
さすがに、ダークブリンガーをまたくらうのは遠慮したい。
さてどうするか、このままでいるとまたビーニャの召喚術が完成してしまう。
「あんたさぁ・・・ただのニンゲンじゃないでしょー」
大きな目を不気味に輝かせながら目の前の少女は聞き逃せないことを言った。
どういうことだと問うと、ビーニャは心底愉快だと哂う。
「キャハハハハ!! 教えてアゲなーい」
自分で考えればぁ? とその声と同時に、いつの間にか距離を詰めていた獣たちに飛び掛られる。
凶悪なキバが視界一杯にひろがったが、それは横から飛んできた小さな物体によって邪魔された。
物体の正体を確認することもなく獣を蹴飛ばし砦から落とす。 哀れな獣の断末魔が聞こえたから、すぐまたここに来ることはないだろう。
崩れたバランスを取り戻して、ビーニャを振り返るとすでに詠唱は終わっていた。 まずい。
何もなかったはずの空間に魔力が集まり、空間を歪ませそこから五本の剣が現れた。
「マグナッ危ない!!」
焦った声が聞こえたが、止まるわけには行かなかった。 止まれば逆にアレの餌食になる。
次々と振ってくる剣をすり抜けるのは決して難しいことじゃなかった。
それよりもビーニャが繰り出してくるナイフが、思ったよりも鋭く厄介だ。
だが。
「お前が何を知っているのかに興味はあるが、余計なことを言わないうちにここから退場してもらう」
「ッ!?」
一気に距離を詰める。
いくら巨大な力を持ったビーニャでも、体はまだ幼い少女だ。 純粋な力は弱い。
ナイフを奪い取って、小さな体を容赦なく突き落とした。
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どうしてもどうしても血なまぐさいことになってしまいました。
もしかしたら書き直すかもしれません、いや、注意した内容とは関係なくですが・・・。