小さく軽い体は、砦の中ほどにあるある見張り台のような場所に落ちた。
そのまま地面に落ちるよりは高さ的にましだが、それでも10メートル以上はある。 普通なら死ぬ。 運がよくても身動きは取れなくなる、ハズだ。

だが。


「ムカツクゥ・・・」


少女のものとは思えない、低い声。
それは、おそらく聞いた者が身構えてしまうほどの、危なさを感じさせる、恐ろしい声だった。
見下ろした先に、落下したままのビーニャの姿が見える。
落とされ地に叩きつけられたままの体勢のまままったく動きもせず、しかし大きく口元が裂けたのを、俺は見た。


「役に立たないグズ、目障りなニンゲン、いきがってる聖女」
「・・・・・・まずいな」


ゆらゆらとビーニャの体に、魔力が集まり始めている。 まるで溜め込んでいる鬱憤がそこに視覚化されているよう。
それは、行き場を示されておらず、このままでは魔力の暴発してしまうだろうということは、容易に知れた。
もし、ビーニャの魔力がこのまま暴発してしまえば、上の階にいる俺たちは逃げられなくなってしまう。


「ハサハ、バルレル、逃げるぞ」


またブツブツと何事か呟いているビーニャに背を向けることにためらいはなかった。
上りを違って、気配を消すことなくただ早く砦から出ることだけを目指す。
途中、何匹か死に損ねた召喚獣たちが向かってくることがあったが、まともに殺しあうことすらせずに、ただ出口へと走った。


「キャハハハハハ!!」


狂った笑い声、爆発音、そして小さな断末魔が外から聞こえた。
巨大な魔力、ヒトではありえるはずのない大きさのソレに、体が固まり足をとられそうになるが、それでもなんとか走り続ける。
これが、ヒトならざる魔力の・・・。
ぐっと手を握り締めるが、それでも震えが止まらない。
魔力の大きさに慄いているのは、自分だけではなかった。 ハサハやバルレルの様子もおかしい。
だが、俺は奴らと敵対し、そして倒さないとならない。
敵の強さはだいたいガレアノで十分にわかっていたつもりではあったが、相手となる悪魔たちの異常さを知るにはまだまだだったらしい。
これが手下、なのだ。

――本当に、勝つことができるんだろうか。

疑問が内に湧き上がる。
だからといって、今更逃げるわけにもやめるわけにもいかないが、そう考えずにはいられなかった。
今は、ここから脱出することが先決。
考えるのは、後回しだ。
砦が崩れ落ちる音を聞きながら、トリスたちと合流して、後ろを振り返らず走る。
ルヴァイドが部下たちに命令する声が聞こえた。












暴れまわるビーニャを止めるために、何人もの部下が命を散らした。
ボクは、彼らのコトを思う暇もなく、そして逃げだした奴らのことも見もせず、暴走する魔力にあてられ正気をなくした獣たちをなぎ払う。
哂い声を上げ続けるビーニャがそこにいる。
見方であるはずの兵士たちが、召喚術をくらってなすすべもなく倒れていく。
いつか、こんな事態になるとは思っていた。 だから奴らがどうしても相容れなかった。
巨大な魔力を持った召喚師っだかなんだか知らないが、こんなにも人の命を奪える理由があるはずがない。


「ビーニャ、やめるんだ!! こんなこと、許されると思っているのか!?」


苛立ちのまま叫ぶ。
すると、ピタリ、狂った哂い声が止まった。
同時に荒れ狂っていた魔力も収まり、哂い声と破壊音に支配されていた場には、わずかなうめき声や、兵士たちの動く鎧の音が響いた。
突然止まった一方的な暴力に、ピリピリと緊張の意図が張り詰める。


「クスクスクス・・・」


静かに聞こえたその音に、思わず体が反応してしまったのはしかたないだろう。
空間には、ビーニャの独り言がここまで聞こえた。


「キャハ。 い〜モン見つけちゃったかもォ〜。 知らせたら喜んでくれるかなァ〜? たくさん誉めてくれるかもォ〜」


まさかあんなのがいるなんてねェ〜、と心底楽しそうに哂うビーニャは、先ほどまでの暴走が嘘みたいだ。
しかし、それが逆に不気味だった。
グッと力を込める。 恐れは確かにあった。


「ビーニャ、お前、何をしでかしたのかわかっているのか!?」
「えーなんかさっきもおんなじようなコト言ってなかったァ? イオスちゃん」
「お前、ふざけるな!! 一体どれだけの被害が出たのかわかっているのか!? 聖女たちも逃したのだぞ!!」
「べっつにィ〜? どうだっていいじゃないソンナコト。 聖女だって、今回の任務には含まれてないんだしィ? あんまりうるさいと、アンタも殺しちゃうよォ?」


何を言っても通じない。
前々からわかっていたつもりだったが、こいつらをどうしてやろうかと思う。 これが本当に本国に認められた召喚術師だというのか。


「でもォ・・・」


ビーニャがようやく起き上がり、こちらに向き合った。
目が、今までにないほどに暗く、輝いていた。 大きく裂かれた口から、音が響き渡る。


「キャハハハハ!!!!!!!!今日は気分がすっごくイーから、あんたたちを嬲り殺すのはやめといてアゲルー。 アタシってばちょーやさしー!」


――つまり、気分とやらがよくなかったらボクたちはこの小娘に嬲り殺さていたということだろうか。
そんなことできるはずがないと思いたかったが、先ほどの魔力がそれを口先だけのものではないと語っていた。
恐れの感情は確かにある。 だが。


ふざけるな。


それよりも、怒りのほうが強かった。
槍を握りなおし、背後から小娘を狙う。


「イオス、やめろ」


肩をつかまれ、突撃しようとしたボクの体は静止させられた。
ルヴァイド様が、背後にいる。
ボクは全身全霊をもってしてその命令に従う。
小娘を突き刺し抉りまわして命乞いをさせその声が枯れるまで延々と体の一部をすこしづつ切り離し、それを喰わせて最期まで苦痛を与えてやりたかった。
いつの間にか止めていた呼吸を、なんとかゆっくり吐き出す。 それが震えていることに、気付かないフリをした。
小娘は、いつのまにか姿を消していた。
おそらくは“報告”にでも行ったのだろう。 『いいもの』を見つけたとはしゃぎまわっていたが、それがなんなのかはわからない。
知りたくもない。
奴ら召喚師どもはみな勝手だ。 中でもあの小娘は後先考えず、自身のよくだけを優先しているように見える。 だからこうやって平気な顔で我が隊の半数近くの命を奪う。
人として、まともな神経をしているとは思えない。
殺された部下たちの顔が、無念に歪んでいた。 その目は。もう何もうつしてはいない。




小娘の狂った嘲笑が聞こえた気がした。












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あんまり展開が進んでない気がするのは、なかったことにしてください。
なんか、もうちょっと何かがほしかった。。。