戦争が始まろうとしている。
その予感が、空気をずっしりと重くしていた。
何人かは途中襲ってきた野党たちに軽症を受けたが、俺たちはなんとか暴走するビーニャと黒の旅団から逃げ切ることができていた。
今は一人重症を負ってしまったシャムロックの意識が戻ってくるのを待っている状態。
もはや拠点の一つになっているルゥの家にてそれぞれが体を休め、なんとなく落ち着かずに傷の手当てをしたり、道具の確認をして時を過ごしていた。
「お兄ちゃん」
いすに座ったトリスが、俺にもたれかかりながらぼんやりとしながら俺に声をかける。
その視線は、扉の方向を見ていた。
向こうでは、カイナが看病しているシャムロックが眠っているはずだ。
「これからさ、どうなっちゃうのかなぁ・・・」
「どうなるんだろ」
俺もぼんやりと返す。 まだ、アレからのダメージから立ち直っていないんだろう、と、どこか他人事のように思った。
予想以上の魔力に当てられたのは、俺だけではなく、どうやらトリスや他の召喚術師たちも俺と同じような感覚になっているらしい。
世界が薄く幕をはって、自分を断絶しているような孤独感。
もっと身近なところでたとえれば、水中で音楽を聴かされるような感覚、だろうか。
それがあるために、俺とトリスはビーニャから逃げるときに合流してからずっと手を握っていたり、腕を組んでいたり、こうしてもたれかかっていたりしている。
どこか、体の一部が片割れに触れていないと、世界から取り残され拒絶され、そのままどこかへ消えてしまうのではないかという気がして落ち着かないのだ。
自分でも信じられないほどに、俺は今、弱くなっていた。 精神的に。
周りはそんな俺たちの異常に気付いてはいたようだが、何も言ってくることはなかった。 ネスティも、何か複雑そうな目を向けてきただけ。
まぁ、今何かを聞かれても。どう答えればいいのかわからないから、そのほうがいいのだけれども。
「――これから、どうしようかなぁ」
ぼんやりとしたまま、いつの間にか考えていることがそのまま口に出てしまっていた。
自分の声を耳で聞きながら、マグナの声というのはこんな声だったのか、と今更のように思う。
「――にぃ・・・」
相変わらずぼんやりとした口調のまま、トリスは視線だけをこちらに向けたのがわかった。
焦点が合ってないように見えたのは、俺の気のせいなのか、それとも、トリスが俺を通して何かを見ているからなのか。
「いつか、戻れるんだよね。 ――戻ってこれるんだよね」
一呼吸おいて、俺は、マグナは、ゆるやかに笑って答えた。
「あぁ、もちろん」
そのために自分という存在は、あるのだから。
胸の中には、まだマグナが眠っている。
「彼が起きました」
幾分ほっとした顔でドアから出てきたカイナにはしばらく休むように気遣って、シャムロックの話を聞くことにする。
肉体的ダメージは聖女の力や回復の召喚術などでだいたい治せたと聞いていたが、砦を、部下を失ってしまった精神的なものはどうだろうか。
静かにドアを開け、部屋に入る。 ベッドの上で横たわる彼はまだ完全に現に戻って来てはいないようだった。
ベッド横に、俺たちよりも先に来たのであろうフォルテの姿もある。 彼もこの短い時間でだいぶ顔色が悪くなっていた。 それでも笑みは浮かべているが。
「――ッ、こ、ここは」
「あ、気がついた」
「あ、あなたたちは、一体・・・?」
思い出すように目を揺らめかせ、ハッと起き上がろうとして痛みに顔をゆがめる。
聖女の奇跡や召喚術は万能ではない。 身体的には癒せても、心の傷が彼の体に痛みを与えている。
あわててルゥが手を貸し、その体を支えた。
「砦はッ、他の者たちは!?」
「・・・残念だけど、生き残ったのはあなただけです」
驚き、まさかという否定、やはりという納得、そして絶望。
そうですか、と小さく息を吐くような声。
目に見えて体中の力が抜けていくシャムロックに、ミニスが気を確かにと言葉をかけるが、はたして聞こえているかどうか。
「まぁ、お前が生き残っただけでも奇跡だったんだな」
「っあなたは!?」
「あ、そっか。 二人は知り合いなんだよね。 私はトリスです」
フォルテの取りようによっては不謹慎なセリフを、シャムロックが勢いよく振り向き大げさに驚いた。
前々から頭にあった可能性が今の出ますます濃くなったが、そんなことはどうでもよかった。
「俺はマグナです」
「申し送れました。 私はローウェン砦騎士団長を勤めさせていただいていた、シャムロックといいます」
大きく息を吐き、そして知人がいた安堵からか、ようやくシャムロックの顔に小さな笑みが浮かんだ。
それもすぐ困惑の顔になることになるのだが。
「ちょーっとまだねぼけてるみたいだなぁシャムロックってことで二人っきりでちょっと話し合って目を覚まさせてやるから待っててくれ!!」
ばたん
「・・・お、追い出されちゃった」
「フォルテ、一体どうしたんだろう?」
「ってか、フォルテ、さまって言ってたよね・・・?」
まぁ、そんなことに俺は興味ないからいいが。
そんなことを思いながら首をひねって見合わせるが、当然何の答えも出なかった。
「お、やっこさん目ぇ覚ましたのかい?」
「あ、レナードさん」
「はい、そちらはどうでしたか?」
「追っては来てなかったぜ。 どーやら奴らは小娘を止めるので精一杯だったようだな」
「・・・そう、ですか」
「なぁマグナ。 お前これからどーするつもりだ?」
レナードが煙草の煙を吐き出しながら聞いてくる。
煙草の煙がうすく空気に溶けながらあたりに漂う。 それを見ながら、俺は無感情に答える。
「とりあえず、砦が落とされたってことを誰かに知らせなきゃならない、だよね、ネスティ」
「・・・デグレアの動きが活発化している。 本格的に戦争への準備をしていると見ていいだろう」
いつの間にかそこにいたネスティに聞いたら、ますます難しい顔をされてしまった。
どうやら、また俺は何か彼の気に障ることをしているらしい。 気にしないが。
「だから、一刻も早くトライドラへ報告しなければなりません」
「シャムロックさん!?」
振り返ると、シャムロックがネスティよりも厳しい顔をしてたっていた。 その後ろには、呆れたようなフォルテがいる。
ケイナが慌ててシャムロックにかけよって無理をするなと注意するが、彼は取り合わなかった。
「その格好・・・」
「もう出発するつもりか? もう少し休んでから報告に行ったほうがいーんじゃねえのか?」
シャムロックは武装していた。歩き出す足取りは重くぎこちないが、その眼光は強い光を含んでいる。
止めても絶対に無駄だということは簡単にわかった。 それでもレナードが言ったのは、そうまでして行く理由を聞くためだ。
「だからこそ、私が行って報告しなければなりません。 騎士団長である私であれば、余計な手順を飛ばして直接砦であったことを報告できますから」
砦が一つ落とされた緊急の報告は、その重要性から他国の者からの情報という形になるとその情報の真偽を調べたりなどするので領主の耳に入るのがとても遅くなるのだと言う。
重症を負ったシャムロックが直で行くことによって、事の深刻さも伝わるだろうなと俺は密かに思った。 口に出すことはないが。
「――じゃあ、急いで支度しなくちゃね」
「私、みんなに知らせてくる!!」
「え?」
「アメル、体調は平気?」
「はい! 大丈夫です」
「ったくしょーがねーなー」
テンポ良く動き始めた俺たちを見て、うろたえるシャムロックに、フォルテが笑って彼の肩を叩いた。
「フォルテさ、さん」
「言ったろシャムロック。 俺らの仲間はきっとこうするってな」
口をパクパクとしたシャムロックは、一度ゆっくりと見回し、それが本当だということがわかると・・・。
「――ありがとうございます」
うつむいて、小さく言った。
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色々とおかしなところがありそうな回。
次は街に行きますね。