朝の散歩もそこそこに、俺とルークはいつものように離れの自室へ引きこもった。
俺の手元には今日の暇つぶし道具である分厚い本が数冊。
どれもファブレ家に関わるものばかり、歴史や政治関係のものばかりだ。
ちなみに俺も中身を読んでみるけども、ページをめくるだけで眠気が襲ってくる。
別にいいんだ。俺は貴族じゃなくて、貴族に仕えるものなんだから。
どろどろしたいつ暗殺されるかわからない世界の人間にはなりたくないです。
まぁ、俺は真っ先に主人をかばい命を落とす立場なんだけど。
俺が教え込まれたのは、仕える上での最低限の教養やら最低限の護身術やら最低限の世界の常識やら、だ。
まぁ、それらを叩き込まれる上で色々と付加はあったけど。


、来いよ」


呼ばれる声に、多少のけだるさを感じながら言われるがままに主人の下に寄り添う。
はー、なんだっていっつもこんなにえらそうなのかねこのご主人様は・・・、や、まぁほんとにえらいんだけどさ。そしてすっごいんだけどさ。
椅子に座って机に本を開いている主人の足元、つまり地べたに腰を下ろす。
頭を寄せると髪の毛をなでられた。
う・・・、時々主人ってこうゆう優しいことしてくるから苦手なんだよな・・・。
頭に感じるそれは酷く優しく、心地よい。
くそー。 こんなんじゃぁだまされねぇー。


「・・・・・・・・・・・・」


沈黙。
開け放たれた窓から風が入ってくる。
その風は、庭にある花の香りを室内に運んできた。
穏やかな時間。
















「ぐっ!?」
「ッッ!!」


そういうものは、たいてい簡単に壊されてしまうものだ。
急に頭を抱え、椅子から転げ落ちるように体制を崩した主人は俺の上にのしかかるように伏せる。
ぐえ、と声が出るものなら蛙がつぶされたような悲鳴が出ただろうな、とどこかで思いながら身じろぎする。
反射的に避けようと思えば避けられたかもしれないが、まさか主人を地べたにそのまま倒させるわけにはいかなかった。
避けられなかったわけじゃない。 そしてこれは言い訳なんかじゃないぞ。


「ぐっ・・・・・・また、頭痛かッ!!」


原因不明の頭痛。
それは、俺が始めて主人に会う前から時折起こっているのだと、本人から聞かされた。
その頭痛が起こると、思考すらもてず、体の言う事が聞けなくなるほど辛いということも。


俺は、苦しむ主人になにもして差し上げる事ができない。


とにかく、潰された体制のまま主人の楽な体制になれるように身じろぎし、たまたま触れ合っていた手を握る。
握った手は、力いっぱいに握り返された。
その手のひらには、冷たい汗がにじんでいる。
俺ができるのは、せめて気を紛らわすためにこうすることと、早く苦痛の瞬間が終わればいいと願うだけ。

はやく はやく はやく

どのくらいの時間が経ったのか、いまいち体内時計に自信のない俺はわからなかったが、次第にこわばっていた主人の体から力が抜けていくのを密着している自分自身の体全体で感じて安堵した。
頭痛のせいだろうか、普段よりもわずかに高く感じる体温がゆっくりと離れる。
あわせるように立ち上がり、主人を支えるようにしてベッドに連れて行った。
できるなら抱えあげてベッドに横たえさせたいところなのだが、俺自身の体格の問題でそれは不可能である。
もっと力をつけたいとは散々思っているのだが、どうしても無理なのだ。


「くそ・・・最近頻度が上がってきてやがる・・・」
「・・・・・・」


まだ頭に手をやり目を閉じている主人の額には、うっすらと汗がにじんでいる。
その滲んだ汗をぬぐえないことに申し訳なく思いながら、とりあえずベッドの横に控えた。
頭痛の起こる前のように、また頭に手を置かれた。
さっきと違うのは、その手が力加減などせずに髪もろとも頭を握り締められたというところか。


「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
「くそッ!! ぁんだって俺がんな目にあわなくちゃなんねーんだよ!!」


いたい。
ぶちぶちと髪が抜ける音と感触がする。
腰が微妙に浮いて、体が不自然な体勢になる。
涙が滲んで視界がぼやけてきたころ、第三者の気配を察知して俺は何気なくつかまれた頭を動かさないように、いつでも動けるように片膝を立てた。
手にある冷たい感触を確かめるようになぞる。


「また頭痛か?」
「――ガイか」


部屋に入る許可くらいは取れよ、と心の中で突っ込ませたこの男はガイという。
このファブレ家の使用人であると同時に、ルークの世話係兼教育係兼幼馴染である。 おそらく。
おそらく、が最後につくのは俺自身、こいつの立場がよくわかっていないからだ。
俺はこの屋敷のなかでも特殊な立場であるからにして、ルークと同等以上に物知らずだ。
そのせいかどうかは知らないが、いつもいつも思う、この男はうさんくさい、というか、一応似た立場であるはずなのにこんなにも主人への態度が違うので俺のほうがおかしいのかと疑ってしまう。
とりあえずは誰にも注意を受けていないからそれでいいということなんだとは思っているが・・・、実際に誰かに聞いて確かめたわけじゃないからどうなのかはっきりしない。
だけど俺には・・・

 苦しんでいる主人を窓際で腕を組んで平気で傍観できるなんて考えられない。

ガイはその場で動かずにルークに声をかける。
なんとなく、白々しいと感じてしまうのは、やっぱり俺がおかしいからだろうか。
主人はベッドの上に横たわったまま機嫌が悪いのを隠しもしないで悪態をつく。
ガイはそれをわがままな子供の言動と同じ扱いでいなし、部屋の外からメイドが声をかけてくるのにあわてて窓から出て行った。
・・・・・・結局何をしに来たのか、よくわからなかった。
っていうか窓から入ってくんな、プライバシー侵害だぞ。 今更だけど。
・・・こっちの世界にそんなのがあるのかどうかわかんないけど。


「・・・ルーク様?」
「あ、あぁ、入れ」


上半身だけ起こしたルークは、返事が返ってこないことを不審に思ったメイドの声に返事をそっけなく返し、部屋に入ることを許可する。
そしてそのメイドは、ルークにヴァンが来ていることを知らせた。















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最初のつっこみ。
原作に入るのもっとずっと後だと思ってたけど意外と早く入っちゃったよ!!
この連載が終わったら過去編としてトリップしてからこの時点までの様子を書いてみたいな・・・。(希望