俺がわかったのは、それが女の歌声だということ。
そして、その歌が、ただの音楽ではないということ。
なぜなら、その歌が聞こえ始めた瞬間から、その場にいた俺以外の全員が不調を訴えたからだ。
「体が動かない・・・!」
「これは・・・譜歌じゃ!」
「くそ、眠気が・・・。 何をやっているんだ、警備員たちは!」
なるほど、どおりで俺には効かないはずだ。
主人に寄り添いながら、納得。
その警備員たちは、とっくに夢の世界に放り込まれているようだった。
「ようやく見つけたわ。 ・・・裏切り者のヴァンデスデルカ」
「やはりお前か、ティア!」
ヴァンとこの女が騒ぎの原因か・・・・・・。
どうする? 処分するか?
主人を仰ぐと、主人はそれどころじゃなく、あー、できれば俺もお近づきになりたくないほど怒っているようでした。
・・・・・・なんで最後だけ敬語になるかな。 俺。
「覚悟!」
キラリと輝きを放ったのは、小ぶりなナイフ。
招待されたわけでもなく、さらに小さいながらも凶器を持ち込んだ。
――賊、決定だな。
ヴァンに襲い掛かった賊は、しかしヴァンの反撃をよけるために飛び退く。
眠気が酷すぎて、ヴァンはそれをする動作すら、辛いものがあるみたいだ。
少々、うらやましいと思わなくもない。
「」
主人の思ったよりもはっきりした声。
振り向くと、いらだった視線にとらわれ、俺が余計なことを考えていることを咎めていた。
う・・・、なんでかいっつもお見通しなんだよな。 わかってます、ちゃんと仕事、しますって。
ちゃり、と手のなかの感触を確かめて、その女へとびかかる。
「邪魔をしないで!!」
そういうわけにもいかない。
だったらこんなところじゃなくて、ヴァンが帰ったあとの屋敷の外で復讐をすればいいだろう。
わざわざ王家の屋敷を襲撃するんじゃないね。
まぁ、もしかしたらそれが狙いなのかもしれないけどな。
そんなこと、俺の知ったこっちゃない。
「きゃッ!!」
「!!???」
おいおい、今のけりはフェイントのつもりだったんだけど・・・。
もしかして、こいつ話にならないほど弱いのか?
って!?
「うわッ!?」
「いかん! やめろ!」
女が吹き飛ばされた先に、なんと主人がいた。
やっばい、あとが怖い。
なんとか主人は木刀でぶつかるのを防ぐ。 そして女も杖を取り出して武器同士がぶつかり合い、こもった音がさらに俺の心理状態を悪くする。
やっべぇ。
俺、主人にやり殺されるかも・・・。
そのまま主人と賊を合わせたままにはしておけない。
すぐに駆けつけて、引き離そうと飛び込もうとした。
はっとする。
――光、主人と賊の接触に反応するように、溢れ出す。
引き離そうととびかかる。
なりふりかまっていられない。
触れた体温に、反射的にだろう抱かれて。
体全体に感じる違和感。 そして光。
ここは、どこだ。
見たことのない、世界。
まるで、こちらに初めて来たときのように、思考が停止する。
気絶から立ち直ったあと、とにかく目に見える景色に俺は呆然となってしまった。
見えるのは、外だ。
いや、今はともかく、主人は?
いた、木によりかかるように、目を閉じている。
「――、」
ため息。
起こすのは怖いが、とにかく、主人を起こさなければなにも始まらない。
近くに賊の女が倒れていたが、今は拘束する縄もないので、ほうっておいた。
それに、女がどう暴れたとしても、大した意味はなさない。
主人、起きてくれ。 できれば起きた後におしおきは勘弁してもらいたい。
いつも朝、やっているように、ゆすって、それでも起きないと判断すると、がじがじとかじる。
かじりながら、これからどうするか、いくつか思案して、主人にも判断してもらおう。
残念ながら、今まで教えてもらった教育の中には、突然外の世界に放り出されてしまったときのためのマニュアルは含まれていなかった。
主人の着替えさせ方とか、客人に対する礼儀とか、護衛の心得などはばっちり叩き込まれているのだけれど。
「・・・・・・う」
目が覚めただろうか?
ぼんやりとした瞳を見ると、やはり緊張していたのか、どこかの心の線が緩んだ。
こんな非道な主人でも、心の優しい俺は心配だったらしい。 (そこ!自分で言うなっていうつっこみするな!)
「・・・?」
そうです、あんたのですよ。 起きられましたか?
「つ――、ここはどこだ?」
わかりません。 近くに協力なモンスターはいないようなので、命の危険はそれほどないと思われますが。
「つーか、なんで俺がんなとこにいんだよ」
それは――
「よかった・・・・・・。 無事みたいね」
声をかけてきたのは、賊の女。
あんたが言うと、なんか釈然としないのは元凶だからなんだろうな、きっと。
「私はティア。 どうやら私とあなたの間で超振動が起きたようね」
「ちょうしんどう? なんだそりゃ」
「同位体による共鳴現象よ」
あー、超振動ってこんなワープ機能もってたのか?
あんまりそっち方面詳しくないんだよな。
俺が知ってるのは、譜術師に対してはとにかく術を完成させる前に倒してしまえという撃退法とか、どうやって倒すかという情報だ。
それにしても・・・。
「あなたも第七音譜術士だったのね。うかつだったわ。だから王家によって匿われていたのね」
この女・・・ティアと言ったか。
主人がどこの誰かわかっていて、こんなふるまいをしているのだろうか。
どうする、主人?
俺が今この場で始末してもかまわないだろうか?
「やめとけ、。 それよりもどうやって帰るかだ」
ふん、命拾いしたな、賊。
「それよりも・・・」
ぎくり、と悪寒。
やばい、この声音は・・・怒ってる。
上目遣いに主人と目を合わせると、それはもう、にやりと俺にとって嫌な笑みを浮かべてくださいました。
「お前は、俺のなんだっけ?」
主人のペットであります。
「それ以前に?」
――護衛であります・・・・・・。
「で? お前の引き起こしたことでこの状況になったわけだな?」
はい、私はルーク様を危険な状況へ陥れました。
「この代価はどうやって取る?」
まずはルーク様の御身を無傷で屋敷にお連れすること、それからしかるべき処置を受けます。
「わかってるな。 まぁ、今回のことは処置を軽くするよう進言してやってもいい」
ありがたき幸せ。
「その代わり、・・・・・・わかっているな?」
・・・・・・・・・・・・・・・はぃ。
「何を一人で言っているの? あなたをバチカルの屋敷まで送って行くわ」
「は? お前なに言ってるんだ?」
「・・・・・・・・・」
なに、この女。 いろんな意味でありえない。
つーか、目を開いて視界が閉ざされてないかぎりわかると思うけど、夜ですよ?
魔物が活動時間の、夜ですよ?
日が上がってから、行動しようとは思いつかないのですかね?
ちょっとまって、その前に、主人を変装させなければ・・・。
いくらなんでも護衛が俺一人で、堂々と王族がその編をうろつかせるようなことなんておそろしくてできない。
はぁ、とため息をついて、運良く持ったままだった着替え用の服をどう利用するか、考えた。
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何気に口が悪いのに皆さんが気づかれるかどうか・・・。
ゲームやってるときにはあまりにさっさとティアが行動を進めていくので正直ついていけませんでした。