俺の手元にあるのは、ヴァンとの稽古で汗をかいたときにすぐに着替えることができるようにと用意していた主人の服。
どうみても、上質な服と、今主人が着ている動きやすいそれとで、どちらがより目立たないかというと、もちろん今主人が着ている服だ。
なぜなら、俺の今もっている服って礼式のもの。
こんなんでそこらへんの街中を歩いてたらどこの坊ちゃんかと人の目を惹くことは確実だ。
正直、俺はこんな服を着るのは勘弁。
主人も大変だよな。
いくら王族だからと言って、誰とも会うことすらないのに、軟禁状態なのに、普通リラックスできるはずの家でこんなかたっくるしい服を身に着けなくちゃならないんだから。
と、思考がそれた。
とにかくこの服をどう処理するか主人に指示を仰がないと。
主人の決めたことなら、そこらへんに廃棄したってかまわないだろうけど、俺が勝手にそんなことしたら首切りものだ。
ってか、この服一式でいったいどれだけの価値になるんだろうか。
・・・・・・家一件とかそのくらい、か?
お、恐ろしい。 王族なんだからそれで納得できそうなところが余計にそう思える。


「それよりも、早く戻るわよ、ルーク」
「は? んで勝手に呼び捨てにされなきゃなんねーんだよ!」


・・・どうしようか。
とりあえず、この女の口をふさいだほうがいいのか?
って、そんなことよりもその格好のまま降りるわけじゃないよな!? 主人!?
なんだかここが下界だと(変な言い方だが、俺の心境としてはこの表現がぴったしくる)全然意識してないんじゃないか?
主人!! あんたはどうしてそんな妙なところが抜けてるんだ!!
慌てて主人の目の前に回りこむ。
俺の存在、今なかったことにしてたでしょう? 今は放置プレイなんてお遊びやってる場合じゃありませんよ!!


「んだよ、


う・・・、こんな状況で機嫌を良くしろなんて言いませんからそんなににらまないでくださいよ・・・。


「言いたいことは簡潔に!明瞭に!さっさと言いやがれこののろま!」
「なっ、あなた!! こんな小さな子になんてこと言うの!?」


・・・すみません。 この女普通に邪魔なので排除とかしちゃっちゃあまじぃっすよね・・・。
つーか小さな子とか普通本人の目の前で言うのかよ、お前。


、その言葉遣いをどうにかしろと言っただろーが。 まぁ、ここには誰もいないからいーけどよ」


・・・さらりと存在を無視ですか。 知ってはいましたがひどいですよね、主人。
と、主人、あなたの今の格好と髪をさらしたまま、俺が民間人の前に出せると思いますか? この護衛が俺しかいない、周りの状況、位置、世界の常識がわかんない今。


「・・・そういえばそうだったな。 、なんとかしろ」


や、その方法を主人の指示を仰ごうとしてたんですけど・・・。
・・・もういいです。 俺が勝手にやってもいいんですよね?


「いいぜ。 これから俺が無事にあの家に着くまで、お前に大体の権利をくれてやる」


有難う御座います。
・・・大体のってつくとこが主人らしくていいと思いますよ。
それではまずは失礼ながら、その髪をどうにかしましょうか。
おそらくすべてが終わるころには日が昇っていますので、それまで楽にしていてください。


「あぁ」


どっかりと服の汚れも気にせずに地べたに座り込んだ主人に、とてつもなく多大な罪悪感を感じながら俺はせっせと地面の砂を集めだした。
それを見て女が文句を言う。
あ、そういえば主人がすっかり無視してたから忘れかけてたけどもいたんだったよな。
たしか無事にあの屋敷まで送り届けるとか言ってたけど、無事の定義がこの女の場合死ななければそれでいいみたいな感じだ。
うん、基本的にこの女の指示は無視というか、ただの音の振動として捕らえよう。
もともと俺は主人のものだから当たり前なんだけど。


「何をしているの!? 早くここを下りるわよ」
「や、俺らは明け方まで残る。 お前は下りたいのなら勝手にしろよ」
「あなた何を言っているの? さっき言ったはずよ、私にはあなたを無事に送り届ける義務がある」
「んな義務放棄しちまえ。 そのほうが俺のためでありお前のためだ」


ほんとだよ、ってかその義務ってのはいったいいつ発生したんだ。
しかも、義務って使い方がおかしいと思うんだけどな、俺の思い違いか?
俺は不謹慎ながらも主人ってほんっと俺以外の奴には微妙すぎるくらいに優しいよなぁとか思ってみる。
・・・それだけ俺が心許されているんだと思いたい。
だって、この言い方、なんとなくやさしさがにじんでると思わないか? しかも不法侵入者に対してだぞ?


「ったく、。 こいつを納得させる状況的理由は」


・・・え、それを俺にひねり出せ、と?
・・・・・・夜は魔物の活動時間です。 下手に動けば集団で囲まれることになるかと。
あと、こちらの視野が不自由なので、外出になれてない主人にはいささか厳しいかと。
それから変装の必要があります。
しかも主人、今木刀しか持ってませんよね。 魔物相手にどうやって陣形を取るかとかを理解していただかなければなりませんし。
あ、違いますよ。 主人に戦わせようとかじゃなくて、複数の魔物が襲ってきたときにどの位置にいれば一番安全かっていうのを知っていただかなくては、あんまり離れすぎたりとかされると新たに来た魔物に襲撃される可能性もありますし。 俺の手の届く範囲ってものをまだ主人は知りませんでしょう? 屋敷内ならともかく、ここは外界ですから。
あと、あと、あと・・・えーと、んーと、あーうー・・・、そんなもんじゃだめですか?


主人はなんとか俺の言った理由を駆使して女を丸め込んだ。
なんか女は納得しきれてないみたいだったが、とりあえず黙り込んでくれた。
横目にそれを見ながら、主人に断りを入れて手に集めたすこし湿った砂を主人の綺麗な髪に擦り付ける。
ううう、綺麗なものを汚す罪悪感が・・・、しかもそれが自分の使える主人の一部ときてる。
・・・あとで八つ当たりの暴行くらいは覚悟しとこう。
穢れによって、鮮やかな赤は黒ずみ、高級な服も薄汚れてぱっと見少しお金持ってるかな、くらいになった。
それからたまたま持っていた着替えの服を心情的には心とともに女のナイフを借りて裂き、包帯状にする。
主人の頭に髪をたたみ折りながら巻いていけば、なんとか王族の証の赤い髪を隠すことはできた。
主人の髪は先になるにつれ、グラデーションのように金色になっているので、はみ出している部分も金色。
きっと、他の人からみたら、ターバンを巻いた金髪の人になるだろう。 ちょっと薄汚れてるから、旅人として違和感もないはずだ。
それから自分も、目立たないようにマントを深くかぶりなおす。
このマントはフードは付いていないが、代わりに襟の部分がマフラーのようになっている変わったデザインで、ぐるぐると完全に装備すればどんなに寒いところでも大丈夫という優れもの。
ただ、暑っ苦しいのが弱点。
首元から膝上までのマントをしっかりと装着していることを確認して、ついでに武器の確認、それから所持品の確認。
・・・コンパスがなにのは痛いな。
まさかいきなりなんの準備もなしに外出することになるとは思わなかったし、しょうがないって言えばしょうがないけど。


主人に対してだったので、丁重にゆっくりと作業を進めていたら、ほんとに終わるころには日が昇っていた。
気づけば主人も、そして呆れたことに女も瞳を閉じてグースカと眠っている。
まったく、もう準備もできてるし、いつまでもこんなところにとどまっていることはできない。
さっさとここを離れたいのは俺も同じ。
俺はいつものように主人を起こし始めた。







back/next

あれ、一話使ってるのにまったく進まない不思議。
久しぶりの更新なのにごめんなさいデス・・・。